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【5分で読めるショートストーリー】親友が建てた家がとんでもなかった話

僕の親友、ウォーリーが家を建てたい、と言い出した。

「いいね。どんな家にするの?」
「僕だけの城さ。僕が自分で設計して、理想の家を作る」

ウォーリーは僕らが住む街で一番の資産家の一人息子だった。けれど、早くに両親を亡くし、二十歳の頃から両親の事業を継ぎ、立派に勤め上げていた。

一度結婚したが、3年後に離婚した。離婚が成立した日、参ちゃったよ、と笑いながら僕に打ち明けてくれた日を今でも覚えている。

僕はそれから、また独りぼっちになってしまった彼の親友として、できる限り力になろうと決めたのだった。

「レンガ造りにしたいんだ。材料を揃えるところから大変だけれど、まあコツコツやるさ」
「いいね。出来上がったらぜひ僕を招待してよ」
「いつできるか分からないから、約束はできないな」

そう言って彼は、またいつもの調子で目尻に皴を作りながら、人の好さそうな笑顔を作った。

************

それから3か月後のことだ。

「ウォーリー、ちょっと設計ミスしてないかい?」

僕はウォーリーの新居となろうとしている場所を見て驚いた。あまりにも狭い。というか、狭すぎる。人一人がやっと住めるんじゃないか、という敷地しかない。

「今から部屋を増やすの?」
「いいや。これで合ってる。一部屋だけでいいんだよ」
「それにしたって、狭すぎるだろう。キッチンやバスルームは?リビングだって…」

途端に、彼はうう、と低い唸り声のようなものを出した。僕ははっとして、彼の表情を捉えた。とび茶色の彼の目に、暗い陰りのようなものが浮かび、僕を真正面から見据えていた。

「いいから、僕のやりたいことに口を出さないでくれよ」

ウォーリーはそう言って、踵を返してどこかへ行ってしまった。荒涼とした場所に一人、着古したジーンズと、襟の部分がすっかりくたびれたシャツを着た僕だけが情けなく取り残された。

*************

それから、半年後のことだ。

「ウォーリー!!」

僕は殆ど悲鳴に近い声で彼の名前を呼んだ。彼が作った家は—家だと彼が言い張るものは、監獄のようだった。ドアもない。窓もない。レンガ造りの、人一人がやっと寝れるだろうか、というぐらいの広さ。高さもちょうどウォーリーの身長よりやや高いぐらいのものだった。

こんなところにいたら、気が狂ってしまう!

「ウォーリー、出てこいよ!」
「出てこなくっていいように出来ているから心配ないよ」

出来上がったばかりの監獄から、ウォーリーが冷たく僕に言い放つ声が聞こえた。

「そこにちゃんと、食料を受け渡すための穴があるだろう?トイレもちゃんとできるようになっているんだよ」
「そういう問題じゃない!」

僕は彼に強く言った。

「どうしてこんな家を作ったんだ、何があったんだよ。僕が力になれることがあるなら」
「ほらね、皆そういうのさ」

彼の言葉にはっとする。姿が見えないのに、彼の中に怒りが渦巻いているのを僕は感じ取った。ウォーリーを取り囲む、鈍い赤茶色のレンガすら、熱を帯びているようだった。

「いつだってそうさ。ぼくが本当に大変な時には、皆遠目でぼくを見る。時には偉そうにアドバイスや講釈を垂れる。それで、ぼくがいよいよ不幸のどん底になったら、憐れんで同情するのさ。大丈夫?ってね」

重たい鉛を飲み込んだかのように、僕は言葉を発することができなかった。彼の両親が亡くなった時。離婚した時。その前後、僕は彼に何をしただろう。

「ルシアン、ぼくは君みたいに容姿だって良くない。からかわれたり、馬鹿にされることだってある。たまたま裕福な家に生まれて、それだけがぼくを守ってくれていただけさ。でもね、もう疲れたんだよ。人の言葉に傷つくのも、期待したものが手に入らずに絶望することも」

「ウォーリー!」

僕はたまらずに彼の名前をもう一度呼んだ。というよりも、名前しか口にできなかった。

「君だってそうさ。君も僕のことを馬鹿にしたり、からかったりしたことがあるだろう?そういうのに一々傷つく自分が嫌になったんだ」

僕はいてもたってもいられなかった。ウォーリーが作った、食料を受け渡すための穴の中に腕を入れる。いたっ、という声がしたが、構わずに彼の丁度腕らしきものを掴む。

「ウォーリー、僕が君の気に障ることを言ったのなら謝るよ。けどね、分かってほしいんだ。僕はそれを、君を傷つけたいと思って言ったことはただの一回もないんだ」

「そんなの関係ないよ。ぼくは実際傷ついたんだ」
「それは謝るよ、本当にごめん。きっと僕は軽口のつもりで、君が傷つくことを言ってしまったんだ。でもね、僕は何回も何回も、悪意をもってそれをしたことがあるかい?君に差し出した誠意を全て覆す程の回数だった?」

今度はウォーリーが押し黙る番だった。吹きすさぶ風が、肌に剃刀を当てられたかのように僕にひりひりとした緊張感とせり上がってくるような寒気をもたらした。

「全部を悪いように解釈しないでくれ。お願いだ、僕は君を大事に想っている。一生親友でいたいと思っている。君が言った馬鹿にしたり、からかったりした奴らの中には悪意があったやつもいるかもしれない。けれど、中には君の人の良さに甘えてしまったやつがいるんだ。ほんの冗談のつもりで、君を傷つけるつもりで言ったんじゃない人間も、絶対いるはずだ。」

「それでもぼくは、ぼくは、辛かったんだ!」

ウォーリーの泣き叫ぶ声に、僕が今度は涙を流す番だった。

「悪かった、本当に悪かったと思う。君が本当に辛い時に、分かってあげられなかったんだよね。君の気持ちも想像してあげられなかった。けど、お願いだ。だからって全てを閉じないでくれよ。君のことを大切に想っている人間は、この街に沢山いるんだよ!」

彼の腕を掴む力を更に強くした。彼は何故か、僕の手を振りはらおうとはしなかった。

「ウォーリー、出てきてくれ。もう一回、酒を飲もう。僕のことを殴ってもいい。一人でそんなところで抱えるのだけは、お願いだから止してくれ…!」

そこまで言って僕は、はあはあと荒い呼吸を整えようと息を吸い込んだ。こんなに大声を出してウォーリーと言い合ったのはいつぶりだろう。

そう、彼はどこまでもいい奴だったからー僕は、それに甘えていたのかもしれない。

彼の体が動いたのが分かった。はっとして、ウォーリーの腕をはなし、彼と僕を唯一繋ぐ穴の中を覗く。

涙でぐちゃぐちゃになった親友と目があった。

「…ルシアン」

とび色の瞳が、また人のよさそうな目尻で、困ったように笑った。

「出てきたくても、出れないんだ。手伝ってくれるかい?」

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