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【連続短編小説】男子高校生が女子中学生に激詰めされる話~120分の復讐⑥~【noteクリエイターフェス】

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また、電車のドアが開く。さっきよりも乗客が増えた。空の色も明るくなっている。

花巻が自分のすぐ近くに中年男性が座ってきたせいか、さっきよりも拳一つ分、俺の方に距離を詰めた。制服の長袖を、人差し指と親指で丹念に引っ張っている。

「さっきの話だけどさ」

俺が切り出すと、花巻は少し緊張した面持ちで顔を俺の方に傾けた。白い頬のラインに沿って、花巻の髪がまた揺れる。

「いきなり君の話を否定したのは悪かったと思う。でも、本当に有紗がそういう——誰かをいじめているとか、そういうのが想像つかなかったんだ」

花巻は尚も黙ったままなので、俺は必死に言葉をかき集めながらしゃべった。頭が不自然なほどに、ちりちりと痛い。既に傷ついて苦しんでいる花巻を前に、これ以上傷を広げないように話すのはあまりにも難しかった。

けれど、難しいからといってそれを放棄するようなことは俺には絶対にできない。同じ制服を着ているせいか、どことなく雰囲気が似たものがあるからか。花巻が話すたびに、有紗の顔が浮かんでしまう。

「有紗は小学生の頃から、ぱったり家で話さなくなった。ストレスが原因だろうって言われている。学校の担任から何回も家に電話がかかってきたよ。俺の親がいつも怒鳴りながら話してたけど。『うちの育て方が悪いっていうんですか?』って」

花巻の顔が歪む。ひどい。花巻の唇から零れた言葉は、線香花火の先っぽが落ちていく一瞬のように、余韻を纏って消えた。俺たちの荒んだ気持ちなんか、きっと同じ車両にいる乗客は知る由もない。

いつもそうだ。俺の家の中が大変でも、有紗がどれだけ苦しんでいても、それでも世の中は楽しそうに回っている。勿論、俺が見えない所でもっと最悪な日々を過ごしている人間もいるだろう。

それでも、自分たちがもっていない幸福を見せつけられると無性に腹立たしい。俺は花巻に向ける言葉を考えながら、吊革広告の脱毛をしきりに勧めるポップな広告ですら、全て剥がして回りたい気持ちにさせられた。

「だから、その。君に対して有紗が何をしたのか教えてほしい。もし証拠があるなら、君が嫌じゃなければ見せてほしい」

花巻の瞳が、怯えたような迷いを見せる。けれど、それをすぐに覆い隠すように、首を縦に振った。




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