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【連続短編小説】男子高校生が女子中学生に激詰めされる話~120分の復讐⑤~【noteクリエイターフェス】

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有紗は昔から大人しい、というよりも存在を消すのが上手かった。

両親が大喧嘩を始めた時も、姉がヒステリーで泣き喚くときも、有紗はじっと耐えているように見えた。海の底を静かに泳ぐ魚みたいだ、と俺は我が妹のことながら、その動じない姿に感嘆したものだった。

いつのことだったか、母さんが父さんに皿を投げつけ、それに怒った父さんが椅子を投げ返したことがある。

今思えば、年端もいかない子どもの前ですることでは到底なかった。有紗はその時まだ小学校低学年だったはずだ。俺は流石に震えている有紗の手を握り、二階の子供部屋に避難した。

「有紗、キャンプごっこしよう」
「キャンプごっこ?」

不思議そうに俺を見つめる有紗の気を少しでもまぎれさせたい俺は、わざとらしくはしゃいだ声を出した。

「こうしたらほら、テントの中みたいになる」

そういって、すっぽりと羽毛布団を有紗に被せ、わざとぐしゃぐしゃ、と有紗の頭の形に膨らんでいる部分を撫でまわした。両親の怒号が下の階から聞こえたが、その中でも、有紗が「きゃはは」と笑う声がする。

俺は泣きそうになった。

「有紗」
「なあに?」
「ごめんな」
「何でお兄ちゃんが謝るの?」
「うーん、何となく」

有紗が苦しくなったのか、布団の裾を手繰り寄せ、頭を出した。俺が泣きそうな顔をしていることが分かったのだろう、折角笑わせていたのに、有紗がまたべそをかき出してしまう。

「お兄ちゃん、泣かないで。ありさ、怖くないよ」
「違う、そうじゃなくて‥‥‥」

あんたなんか死ねばいいのに。それはこっちの台詞だ、クソ女。そんな汚い台詞が耳に飛び込んできて、俺はたまらずに有紗と一緒に羽毛布団の中に潜り込んだ。少しだけ二人の声が聞き取り辛くなったことに、俺は心底ほっとした。

「お兄ちゃん」

有紗は何故か、小声で話しだした。それはまるで懺悔をするような口ぶりだった。俺は高校生になった今でも、この時のことを時々思い出す。

「お母さんも、お父さんも、こわい」
「うん」
「でもね、お母さんのことも、お父さんのことも、きらいっておもえないの。二人とも、なかよくしてほしい。お兄ちゃんは?お母さんたちのこと、嫌い?」

俺は、たまらず有紗の小さな手を掴んだ。小学校高学年になってから、気恥
ずかしくて有紗と手を繋いだことなんか無かったのに。

「俺もそうだよ」

布団の中が真っ暗で良かった。目の縁から流れる涙を、有紗に見られなくて済む。息苦しい中でも涙の冷たさだけははっきりと感じ取ることができて、今自分が感じている痛みがより鮮明に皮膚を滑り落ちていく。

「家族のことって、どうしてこんなに嫌いになれないんだろうな」







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