絶対に2周以上読みたくなる。ディストピア世界から私たちの価値観を問う傑作SF小説「るん(笑)」
皆さん、「るん(笑)」って小説、知ってますか?
るん(笑) (集英社文芸単行本) | 酉島伝法 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
【あらすじ】
舞台はスピリチュアルな価値観が蔓延する日本。38度の熱に苦しめられながらも、薬を飲もうとすると妻の真弓に責められる土屋。(「三十八度通り」)
全身が病に侵されながらも、「病院は危ない」と家族から説得され、「るん(笑)」という治療を始める真弓の母。(「千羽びらき」)
家のトイレを手で掃除し、学校では漢字の「書き詰め」、嗅覚も失われている真弓の甥の真。彼は友人たちと昔の地図にはない近くの山で、ネコを発見する。そして、この世界が隠してきた重大な秘密が―(猫の舌と宇宙耳)
あらすじから不穏さが漂うこの小説。
正直に言います、1回読んだだけでは私には理解できませんでした。
ただ、読み終わった途端、猛烈に2回目を読みたくなります。きっと皆さんも、一度最後まで読み終えると、この小説のすごさ・面白さに圧倒されること間違いありません。
この小説、一回読んでみてほしい。少なくとも私は、今まで出会ったことのない衝撃を与えられました。
1.なぜ1回読んだだけでは理解ができなかったのか?
小説に限らず、映画でもドラマでも、フィクション作品が好きな方ならわかってもらえると思うのですが、基本的にそういうのって「共感できる」ものが圧倒的だと思います。
恋人との別れが辛い、仕事で成功した達成感、友人との楽しい時間を過ごすときの高揚感。
主人公の行動を通して、読者はその世界感を追体験します。そして、自分自身も経験したことのある感情を投影しながら楽しむ。
るん(笑)については、それが大変難しい作品といえます。
例えば冒頭の文章。
????となりますよね。
るん(笑)は、終始このような、私たちがおおよそ馴染まない価値観・固有名詞のオンパレードで物語が進んでいきます。
そして私が一番衝撃的だったのが、2編目の「千羽びらき」のこのシーン。
猫がここまで毛嫌いされる世界、想像できますか??
「るん(笑)」の世界では、猫はこのような認識になっています。
太古の昔からいたであろう全世界の猫好きを激怒させそうな価値観が、るん(笑)の世界では常識(社会としても特定有害動物となっている)として扱われます。
こうして読者をおいてけぼりにしながら、物語はどんどん進んでいく。
それがるん(笑)を読み進める上でのハードルの一つだと思います。
(完全に余談ですが、中学生の頃に流行っていたラノベの世界観がどうしても分からなくて挫折したのを思い出しました・・・)
2.挫折しそうなときは攻略本を持ち出せ
当の私も、正直どんどん出てくる固有名詞に目が滑るだけで内容が頭に入ってこない状態に陥ってきました。
ただ、何とかこらえながら第3編を読んだとき、ついに明かされるこの世界の謎にずん、と気持ちが重くなるような感覚を覚えたのです。
この世界の構造を、もっと知りたい、理解したい、誰か解説して!!
そう思って何をしたかというと、他の方が読んだ考察記事を読み漁りました。
人の感想にすぐアクセスできる時代に生まれて良かった小説だなあと思います。
そして読書会のお題本だったので、他の方の感想を聞いてみると、更に理解が急速に進んでいきました。
そんな策略(?)を巡らしつつ、この本の世界感・謎について頭に入れた上でもう一度読むと・・・物語が頭の中にちゃんと入ってくる!
恐らく、私の中の価値観をこの本のチャンネルと合わせることができたからだと思います。攻略本を読んでからゲームをするような感覚ですが、面白みがグッと増すことは間違いありません。
もしあなたが途中で挫折しそうになったら、是非ネットの海に沢山漂っている考察文を読んでみてください。
3.何故「るん(笑)」の世界はスピリチュアルな世界に染まったのか?
※ここからは盛大にネタバレをしていきますのでご用心ください
るん(笑)の世界は正に、私たちの言葉で言うところの「スピリチュアル」な価値観が「常識」として成り立っています。
序盤で、ひやりとするのがこのシーン。
この小説は第1編からどんどん時系列が進んでいくため、読み進めるごとに、スピリチュアルな価値観が徐々に世界の常識となり、それが当たり前のものとして人々に浸透していく様が描写されています。
その一つが言葉の使い方。
第二編から第三編にかけて、漢字や一般的な表現すら、私たちの常識からは離れた使い方をされていきます。
そして、最大のネタバレをしてしまうのですが、この世界は放射能汚染が進んだ果てに生まれたものだということが第三章の終盤で明かされます。
どうして、この世界の価値観は狂ってしまったのでしょうか。第1編には「科学」という言葉で、人々の行動を批判する人物が出てきたことからも、この世界にも「科学」という価値観・学問が存在したことは明白です。
それが逆転してしまったのは、きっと人々が現実を受け止めきれなくなったからではないかと私は感じました。
放射能汚染による慢性的な体調不良、中々授からない子ども、どんどん壊れていく環境。
それらから逃れるために、あるいは逆に立ち向かうために、人々は既存の常識からどんどん逆転していったように思うのです。
この作品では、冒頭でも書いたとおり「共感」を得ながら読むシーンは少ないかもしれません。
それでも、人間が生まれ持った弱さ、そして放射能汚染という人類の力ではどうしようもない苦難の中で恐怖を克服しようとする逞しさが根底に流れています。
4.スピリチュアルな世界の先にあるものって何だろう
第3章に出てくる子供たちは嗅覚がきかないなど、その異常性に本人たちも気付きません。
そして知識・教養といった文化的なものすら破綻している様子が伺えます。
わたしはこの「るん(笑)」を通して、自身の現実との対峙の仕方を改めて見つめ直すような気持ちになりました。
自分にとっての不都合な事実を、自分の認識を歪ませることでポジティブに切り替える、というのは私自身もついやってしまうもの。
ただ、それが度を行き過ぎたら?そして、それが自分だけではなく、社会全体に蔓延してしまった果てにあるものは?
目先のポジティブさ、気休めにすがり続けた先に生まれるのは、大いなる不幸であり、狂気さ。そんな薄ら寒くなるほどの怖さも味わえる小説。
SF小説、と銘うってありますが、実は現代社会の根幹を見つめ直す作品だと思います。
私も今から3回目を読んできます。あなたも一緒に「るん(笑)」の世界から、自分が置かれた場所を見つめ直してみませんか?
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