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ショートショート 『日の出』

窓から外を見ると色鮮やかな風が吹いている。こんな日は誰かが風に乗って空へと舞い上がっていく。
 高校生までは、いつか私の番が来るんじゃないかとドキドキしながら待っていたが、今は違う。
 風に乗れるのは限られた人間だけで、私のような平々凡々な人間は地べたから空を見上げるしかできないのだ。

 大学生になり『革命の夜』というサークルに入った。なんとも中二病くさいネーミングで恥ずかしい。 表向きはイベントサークルとしているが、その実態はモテない男達の巣窟で、妬み嫉みを具現化したような集団だ。主な活動内容は学内のカップル撲滅運動であり、無論、大学非公認のサークルである。

 これまでの具体的な活動内容については明言を避けることにするが、今月は学内に「学生の本分は勉学であり、恋ではない」というチラシをばら撒く予定である。作戦実行にあたり、私はチラシのコピーを担当することになっている。なるべく人気の少ないところでコピーを実行し、来たるXデイまで息を潜めねばならない。学内最奥のG校舎へと足を運ぶことにした。

 G校舎には初めて来たが、芸術学部の棟のようで、多くの絵が壁に立てかけられていた。コピー機を探す途中、一枚の絵に惹かれ立ち止まった。大きなキャンバスに赤や橙といった暖色を中心に塗りたくられている抽象画である。端には『4年 悠木 タイトル 夕暮れ』と貼り付けられている。絵に見とれていると突然背後から声をかけられた。
「その絵が気に入ったのかい?」
 振り向くとエラい美人がそこにはいた。さらりとした黒髪にパッチリとした大きな目、スラっと通った鼻筋、どこかのモデルかと見違えるほどの女性であった。思わず手に持っていたチラシを隠すように身体を彼女に向き直した。
「えっと……。絵のことは詳しくないのですが、何故かこの絵に惹かれまして……。」
 私の回答に彼女はニヤリと照れるように微笑んだ。「ありがとう。実は私の絵なんだ。まだ作成途中だけどね。」
「そうだったんですか。全体的に温かい絵の中に何か悲しさというか寂しさを感じて――。」
 思わず作者に出会えて、興奮気味に話してしまったが、ハッと我にかえり口を閉じた。
 彼女は目を見開いた後、ハッハッハと笑い出した。「――いや、笑ってしまって申し訳ない。この絵を見た全員が明るい絵だねっていうんだけどね。」
 私は慌てて、謝罪とともに頭を下げた。
「いいんだ。君は人の気持がわかる人なんだろうね。この出会いに感謝だ。インスピレーションが湧いてきたよ。」
 そう言うと筆をキャンバスに叩きつけ、勢いよく色を加えていった。その瞬間、彼女の身体を色鮮やかな風が包んだ。
 私は対象的に恥ずかしさと劣等感に押しつぶされ、身体が地面にめり込んだ。歯を食いしばり、持っていたチラシをクシャクシャに丸め、大きな声で叫んだ。「私は一年の伊藤太陽と申します。悠木先輩また会いましょう。それではご機嫌よう!」
 振り返らずに走って大学を飛び出した。途中、サークルのメンバーから呼び止められたような気もするが、もう止まりたくなかった。

 悠木先輩に名乗った理由は、対抗意識なのか、奮い立たせてくれたお礼なのか、自分でもよくわからなかった。
 数カ月後、悠木先輩の絵は学生コンペで最優秀賞を受賞した。あのときからタイトルは変わっていたが、気にしないでおこう。
 私は空を見上げて、大きく手を伸ばした。

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