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"死は無責任じゃないよ"

"死は無責任じゃないよ"

わたしが死を選ぼうとしたあの日、わたしは確かにひとりぼっちだった。

誰にも助けを求められず、誰もわたしを理解してくれなくて、まるで針の山を歩いてるようなこの世界。地獄の針山なんか、この世間という地獄より、たぶんずっと甘い。

あの子も、そんな思いだったのだろうか。



「みんな違ってみんないい」

幼い頃からわたしたちは、聞き飽きるほどその言葉を聞いている。細胞レベルでみんな知っているその言葉を、わたしたちは簡単に忘れてしまった。大人になるにつれて、「社会性」や「常識」なんて言葉で上書きされて、あの光るような瑞々しい優しさなんて消えてしまう。

この世界で、これ以上に大切なものなんてないのに。

みんな違うことは、当たり前で。

肌の色も瞳の色も、しゃべる言葉も何もかも違う人々が集まったこの世界。そんなわたしたちを繋いでくれるのは、ささやかなもの。愛や思いやり、目の前のひとに笑いかけること。



わたしは今日、初めてホテルの清掃のバイトに行った。清掃は、大変だし汚いし辛い、なんてことを聞いていたから、怯えながら向かったのだ。

待っていたのは、たくさんの外国の人と、おばちゃんやおばあちゃんたち。ドキドキしながら挨拶する。あっさりとした反応に、少し悲しくなったけど、とりあえず仕事だ。

わたしに仕事を教えてくれたのは、ムジャさんという青い瞳の大きなお尻を持つお姉さん。カタコトの日本語で、たくさんのことを早口で教えてくれる。わたしが不安気な顔をすると「ダイジョブダイジョブ!ソノウチ、オボエル!」と笑ってくれる。返事がいいことだけが取り柄のわたしは、はい!と大声で言う。覚えの悪いわたしに粘り強く教えてくれるムジャさんの日本語は、あまりよく分からなかったけど、彼女が笑ってくれるだけで、救われた気がした。

仕事が終わり、ロッカーで着替えようとすると、鉢合わせたおばちゃんたち。小声で何か話していて、もしかして陰口だろうか…と思っていたら、「今日どう?慣れた?」とフランクに話しかけてくれた。「まだまだ難しくて…」と小声で言うわたしに、「私たちだって!最初はそんなもんよ」と豪快に笑ってくれる。

ひとり歩く帰り道、なんだか泣けてしまった。

年齢も国籍も違うひとたちが、何もできない役立たずなわたしを励まし、笑いかけてくれる。それだけで、人生っていいな、と思えた。



あの子が性別を変えたとか、父親をやめたとか、ネットニュースもSNSも、毎日あの子のことを言っていた。わたしはあの子をよく知らない。どんなひとだったかなんて、何も知らない。

けれど、あの子はひとと違うことを認めてもらえないのが、きっと苦しかったんじゃないかな、と思う。

ひとと違うこと。

それは本当は美しいことで、どこにもないオンリーワンだから、あなたもわたしも大切なんだ。

わたしは死ぬ、という選択を選ぶひとを責めたくない。それも、生き方のひとつだから。わたしも死を選ぼうとした人間として、死はやっぱりある意味救いで、この世界から逃れられる唯一の方法だから。

でも、わがままを言うのなら、あの子をムジャさんやおばちゃんに会わせてあげたかった。

わたしは死を選ぼうとしたあの日のことを後悔していないし、生きててめちゃくちゃハッピー!なんて言えない。何度も自殺未遂をしたけれど、ただ死ねなかっただけだから。

死んだっていいよ、生きたっていいよ。
あなたが、あなたでいられるのなら。

わたしはこの世界に居残っちゃったけど、歳を取るごとに責任も増えるし悩みも多い。だけど、大切なものも増えるんだよ。知らなかった世界を知ることも、きっと何歳になってもあるんだよ。

あなたが生きたくないこの世界を、わたしは面白くしてあげる。笑えなくても、少しだけ心があたたかくなるような、そんな言葉を残すから。

見たことない景色を、一緒に見にいこうよ。

ゲロ吐くまで飲んで、顔だけかっこいいクズな奴のセフレになって、朝までカラオケ歌って、意味もわからず号泣しよう。そして、馬鹿みたいに笑おう。

とりあえず、死ぬ前に好きなことしようよ。

この世界から逃げたくなったら、連絡ください。

わたしと2人で逃避行しよう。

生きててくれてありがとう、今日も生きたね。

そして、あの子の周りに、花がたくさん降りますように。

言葉の花束を手向けます。

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