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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』

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デリヘルで働きながら、自分の夢を叶えようと奮闘しながら、恋愛を交えた一人の少女の日常を描いた作品です。この作品はぼくにとって、初の長編小説で、デリヘルで働くとある女性に実際に取材…
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2021年10月の記事一覧

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 41

 仮病に信憑性を持たせるため、数日多くズル休みをさせてもらった。もちろん体調は問題ないし、遊びに行くことだってできたけど、初めてズル休みをした罪悪感から、外に遊びに行くほどの気持ちにはなれなかった。  店長にはただの風邪だと嘘をついおいたけれど、勘のいい店長なら、とっくにこれくらいの嘘なら見抜いてて、もしかすると、言わないでおいてくれてるだけなのかもしれない。 「ところで大丈夫なの? 風邪は?」 「あ……、ぁ。はい……」  ぎこちなくわたしが、そう答える。 「なんか

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 40

 帰り道、自宅近くまで、マサキさんに送ってもらった。  すぐ近くにパチンコ屋があり、それが目印だと言うと、すぐに分かったらしく、「ああ、あそこか」と、迷うことなく目的地まで送ってもらえた。  別れ際の車内、思い切ってわたしからLINEの交換を申し出てた。まさか、わたしから、そのような申し出があるとは思っていなかったらしく、いつもクールな印象のマサキさんが、「え? てか、逆にイイの?」と、かなり本気でとり乱す。 「いや、ダメなのは、ダメなんですけど……」  そう前置きし

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 39

 駐車場に戻ると、昼間いたチンピラたちは、とっくに居なくなっており、ガランとしたスペースに、わたしたちの車だけが駐まっていた。自動販売機の明かりだけが、ポツンと駐車場を照らしており、さながら海に浮かんでいるようにも見える。  少し安心しつつ、「ああ、よかった……」とほっと胸を撫で下ろすわたしに、「ああ、昼間のチンピラ?」と、察しのいいマサキさんが、それとなく尋ねる。 「ああ、分かります?」  彼の気遣いに感心しつつ、上目遣いで尋ねると、「見てれば、大体ね……」と、彼が澄

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 38

「その曲って、フランク・チャーチルの『Some Day My Prince Will Come』だよね?」  たった今、サックス演奏を終えたばかりの少女に、まるで親戚の子どもにでも、話しかけるような口調で、マサキさんが尋ねる。 「え? あ、はい。そ、そうですけど……」  急に知らない人に声をかけられ、少女が反射的に身構える。 「いやいや、べつにぼくらは、怪しい者ではなくて……」  その台詞がすでに怪しいのだが、マサキさんは、そう先回りしつつ、 「ほら、ちょっと二人

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 37

 ワンピースの裾から飛び出した素足を、波打ち際の海面に足先だけつける。思ったよりも海水は温かく、秋口の潮風で冷たくなった足を、ほんのりと温めてくれる。 「意外と、温ったかいですよ!」  その光景を後ろで見守る彼に、ふり返りながら伝える。 「へー、そうなんだ……」  そう言って、徐に革靴を脱ぎ始めた彼が、ズボンの裾をたくし上げる。さざ波の打ち寄せる砂浜に、彼が片足をつけると、その部分だけが彼の重みで沈み込み、遠浅の砂浜に、くっきりと彼の足跡だけが刻まれる。粒子の細かい砂

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 36

 自販機と公衆トイレのある、海辺の小さな駐車場の脇に、マサキさんが車を停める。すでに数台の車が停まっており、柄の悪いヤン車の前に屯した数名のチンピラが、何やら大声で話し込んでいるのが見える。 「あ〜! なんで出来ひんのや! あんましょーんないことばっかゆーとったら、ほんまいてこますぞ! おのれわぁー!」  そのうちのリーダー格であろう、五十代ぐらいの男性が、ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、携帯片手に、電話の相手を威嚇するように叫び声を上げている。 「ちょっ……、