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【夏ピリカ】Forget Me Not

「ねぇ、カガミって知ってる?」
チドリの突然の問いかけに、ヒバリは知らないと答える。
「ミラーのことを、昔はカガミって言っていたらしいよ。」
「ああ、古語か。でも俺は耳にしたこともない。チドリは物知りだな。」
「シュウのことに関係するかもしれないから少し調べたの。」
絶句したヒバリの顔をチドリは可笑しそうに眺める。
シュウはヒバリの友人で、チドリの恋人だった男だ。ある日突然姿を消してしまった。元々不思議なところのある男だったから、そのうちひょっこり戻ってくるのではないかと、ヒバリもチドリもそれほど気にしてはいない…はずだった。しかし調べたということは、チドリは気にしていたということになる。
「カガミという言葉はね、普通の古語とは違うのよ。消されてしまった言葉なの。」
「消された?」
「例えば、その言葉が使われなくなっても、昔の本まで遡って訂正したりはしないでしょう?」
「まあ、そうだな。」
「カガミという言葉は、どんなに古い本にも出てこない。すべてミラーに訂正されている。」
「じゃあ、チドリはどこでその言葉を知った?」
「訂正漏れを見つけたの。」
古い本を読んでいたチドリの目に、突然カガミという単語が飛び込んできたのだという。最初は誤植かと思ったがどうやらそうではないらしい。何より、カガミという音に聞き覚えがあったそうだ。しかもシュウの口から。

***

「カガミという言葉には二つの漢字がある。」
チドリは二枚の紙に「鏡」「鑑」と二つの文字を書いた。字が上手いな、とヒバリは場違いに感心する。そのヒバリの目の前で、チドリは少し緊張した面持ちで、二枚の紙を文字が内側になるように近づけていった。
紙がある程度近づいた瞬間、その僅かな空間に、ヒバリは不思議なものを見た。上手く言葉で言い表せないが、別の世界のようなもの。異次元とでもいうのだろうか。しかしそれは紙と紙がくっつくと一瞬で消えてしまった。
「今のは、何だ?」
「見えた?あのね、多分、本に書かれた”鏡”と”鑑”がたまたま合わさって、この現象が起きてしまうことが多発したのではないかしら。それで、カガミという言葉は消されてしまった。」
随分飛躍した話ではあったが、目の前でその現象を見た直後なので、あり得るかもしれないと思った。シュウはあの向こうに居るのだろうか。
「あそこへ行くのか?」
尋ねるとチドリは笑って首を振った。
「シュウが本当に居るか分からないし、それに、ヒバリがちゃんと話を聞いてくれたから満足。」

***

おそらくチドリはシュウを追っていくだろう。ヒバリがそうしたい時には後を追って来られるように、ヒバリにこの話をしたのだ。
あの向こうにはどんな世界が広がっているのだろう。彼方あちら側へ行ってもヒバリはヒバリなのだろうか。どうせならば、チドリへの淡い恋心など忘れてしまえばいい。全く違う自分を生きるのもまたいいかもしれない。
鏡と鑑。ヒバリはその二文字をしっかりと目に焼き付けた。

(本文1200文字)

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【扉絵】一緒に居よう Love Birds

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この物語は「夏ピリカグランプリ」のために書き下ろしたものである。
ピリカさん、運営の皆様、どうぞよろしくお願いします。


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