作詞家さんにとっての 「あ」
母音の「あ」
様々な作詞家さんのインタビューに触れるたび、感じていたことがあります。それは、歌詞における<あ行>について語られている方が多いということです。今日は、わたしがこれまでに発見した作詞家さんにとっての「あ」について、まとめたいと思います。
いきものがかり水野良樹さんの「あ」
水野さんのこだわりは、サビの頭の母音を「あ行」にすること。強くて目立つ音である「あ行」の音を、歌い出しにもってくるそうです。
『ありがとう』「ありがとうって伝えたくて」
『ブルーバード』「飛翔(はばた)いたら戻らないと言って」
『YELL』「サヨナラは悲しい言葉じゃない」
『気まぐれロマンティック』「ダーリン ダーリン 心の扉を 壊してよ」
『帰りたくなったよ』「帰りたくなったよ」
『SAKURA』「さくら ひらひら 舞い降りて落ちて」
『じょいふる』「あい わな JOYとJOYとJOYと」
たしかに...。
松井五郎さんの「あ」
松井さんも、サビや頭の音の強さをすごく気にされるそう。松井さんはインパクトの強い「あ行」だけでなく、強い音として「濁音」も意識しておられます。内容よりも先に、たとえば「が」という音を使うことを決めてしまったりするのだとか。
『勇気100%』 1番Aメロ「がっかりして」
2番Aメロ「ぶつかったり」「じっとしてちゃ」
また、安全地帯の『Friend』という曲では、玉置浩二さんの息遣いをふまえ、歌い終わりの「あ」について考えられています。
「さよならだけ 言えないまま」
「想い出には できないから」
語尾の「あ」の音に関してですが、わたしは宇多田ヒカルさんの『初恋』のサビでの「あ」の歌い方が、とてもきれいで好きです。
うるさいほどに高鳴る胸が
柄にもなくすくむ足が今
静かに頬を伝う涙が
私に知らせる これが初恋と
もう1曲、語尾の「あ」の歌い方で印象的なのは、『ノーザンクロス』(歌:シェリル・ノーム starring May'n 作詞:岩里祐穂/Gabriela Robin 作曲:菅野よう子)です。
「君の空 飛びたかった」
「君と虹 架けたかった」
「君の空 咲きたかった」
スピッツ草野マサムネさんの「あ」
草野さんは『見っけ』という曲が「再会へ!」で始まることについて、最初に発音する音だから「あ行」でいきたい、とおっしゃっています。機能的に歌詞を考えられていて、どういう音なのか、ということをすごく大事にしておられます。
「再会へ!消えそうな 道を辿りたい」
わたしは『ヒビスクス』のサビでの、草野さんの「あ」の歌い方がとてもすきで、ずっと聴きたくなってしまいます。
咲いた変わらずに 優しく微笑むような
なまぬるい風 しゃがれ声で囁く
「恐れるな 大丈夫 もう恐れるな」
武器も全部捨てて一人 着地した
余談になってしまいますが、最新アルバム(2019年12月現在)『見っけ』に収録されている12曲中、9曲のタイトルが「あ行」で始まっていました。ちなみに前作『醒めない』は14曲中、4曲でした。歌い出しやサビとは違いますが、「あ行」から始まるタイトルが多いだけで、アルバム全体の印象が明るくなっているようにも感じます。人は何かを見つけたときなどに「あ!」と発しますが、アルバムのタイトルでもある『見っけ』に、そもそも「あ!」の印象があるのかもしれません。
あ、今日は草野さんのお誕生日ですね。おめでとうございます!
フジファブ志村さんが語る、BUMP藤原さんの「あ」
フジファブリックの志村さんは、BUMP OF CHICKENの『花の名』という曲について、いちばん聴かせたいところの8文字の母音すべてが「あ」になっている点を、凄いとおっしゃっています。やはり、いちばん明るく響く母音の「あ行」は、サビとしては最適で、聴く人にも届きやすい発音なんだそう。
「あなたが花なら」
「A NA TA GA HA NA NA RA」...たしかにすごい。
加藤哉子さんが語る、岡村靖幸さんの「あ」
加藤さんは、岡村靖幸さんの『イケナイコトカイ』という曲での「あ」の使い方がすてきだとおっしゃっています。歌うとわかるんだとか。ポイントで「あ」の韻が踏まれています。
いけないことかい?傷ついても
二度とはもう離したくない Baby
息ができないほど愛してるよ
あなたが住んでるマンション
床には たぶんバーボンソーダグラス
抱きしめてよ今もしも叶うなら Wow wow wow...
裸でまだいましょう
週刊誌はぼくらのことを知らない
おねがいだよ僕だけのひとになってよ Wow wow wow...
番外:松本隆さんの「は」
松本隆さんは、『真冬物語』(歌:堀込泰行・畠山美由紀・ハナレグミ/作曲:松任谷由実)という曲において、多くのフレーズに結果的に「は行」で始まる言葉がはいっており、そういうところに松本隆さんの秘密があるのではないか、とご自身で語られております。
白いフリースの
マフラー深々と
半分顔をかくし
ぼくをじっと見てた
冬の花火だね
不意の明るさが
瞳にあふれそうな
涙に反射した
たしかに、寒い冬に吐く白い息のイメージと、息が漏れていく印象のある「は行」は、近いイメージがあるように感じます。
まとめ
わたし自身、自分で作詞した曲を振り返ってみたところ、「あ」の音を意識したもの、していないもの含め、「あ行」の母音でサビを始めている曲は、全体の3割ほどでした。
最初の音として、明るく強く響き、聴く人に届きやすい「あ」。そして、最後の音として、息遣いや歌い方に個性のでる「あ」。これからも、この魅力溢れる「あ」を気にしていきたいと思っています。
参考文献・出典
水野良樹さん NHK SWITCHインタビュー 2016.10.1.
松井五郎さん Ms.リリシスト〜トークセッション vol.2 2016.11.27
草野マサムネさん MUSICA vol.151 2019.11.
志村正彦さん 音楽とことば スペースシャワーブックス (2009)
加藤哉子さん ソニーアカデミーサロン トークイベント 2019.10.3.
松本隆さん 風街茶房1971-2004 立東舎 (2017)
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