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シリーズ「独善」 1: 脱・『義憤』

あなたがSNSを見ているとき、唐突に「何か大変なことを訴えている」ような文章が流れてくることが、「ちょくちょく」ありませんか?

それは、あなたの心の正義感を妙に刺激して。「この文章を肯定しない人は、『悪者』だ」という気分にさせるものではないですか?

さて。あなたは、何だか「『虐げられて、かわいそうな目にあっている』と訴えている、『まったく知らない、利害関係のない、正体不明』の人」の訴えに共感してあげたくなりました。

「共有」ボタンに手が伸びるでしょう。Twitterなら「RT」ですよね。

「共有」を終えたあなたは、少し清々しい気持ちになったのではないでしょうか。エスカレーターの片側を譲った時のように。エレベーターのボタンを率先して押しに走った時のように。そう、言葉にするなら、「自分は、人としてやるべきことをやった」というような。

あなた自身が怒りにかられたわけでも、あなた自身が虐げられたわけでもないのに。知らない、赤の他人の「かわいそう、許せない」の気持ちを、自分を知る人達に共有してあげたわけです。わざわざ、仕事の合間の、貴重な時間を使って。(働いておられない方々は、適宜読み替えてください)

あなたに「怒ってほしい」と言ってきたのは、誰なんでしょう?
あなたは、誰のために「怒ってあげた」のでしょう?

知りませんよね。だって、SNSの回覧板で廻ってきたんですもの。知ろうとも思いませんよね。

いい機会です。調べてみませんか?

あなたのお使いのSNSで、過去一日。流量が少なければ、過去一週間の「他人の投稿」を眺めてみてください。その中から、「お怒り・お悔やみの共有」というラベルをつけることができる投稿を数えてみてください。そして、その割合を、投稿全体に占める割合を計算してみてください。

どうでしょう。なかなか多かったんじゃないですか?

「キャリアポルノ」という言葉があります。

理想論、成功者の格言、「こういう心がけをすれば金が儲かる」といった、一時的に心を高揚させ、でも何も改善することはなく、また次の似たようなモノが欲しくなる。そういった「自己啓発書」と呼ばれるカテゴリーの書籍に付いた蔑称です。

キャリアポルノを何冊読んでも、行動に繋がらなければ、境遇は良くなりません。行動した結果を検討して改善しなければ、現状維持すら危ういでしょう。あらゆる人、あらゆる物事に通じる金言なんてものは無いわけです。

さて、話を戻します。あなたの貴重な休憩時間。何を期待してSNSを開きましたか?おもしろい話、映画のネタバレ?それともスポーツの応援?

あなたが休憩時間に対して望むことの中に、「お怒りポルノの購読」は、本当に在るのでしょうか。それは、あなたが欲しくて読んだ情報でしょうか?

そして、「お怒りポルノ」を共有されて、読まされた「あなたの友達」は、本当に喜んでいるのでしょうか?

あまりにも同じように繰り返す日常に消耗し過ぎて、感覚が麻痺しているかもしれません。

一日、無理なら一時間、いや、30分だけでも「スマホの電源をオフ」にしてみてください。

その「平穏」が過ぎたのち。改めて、あなたのSNSを見てみましょう。

あなたを幸せにするものが、そこにありますか?
あなたを不幸せにするものが、そこにありますね?

いらないものは、捨てましょう。Twitterなら、ミュートができます。

知らない「お怒り」から、自分の時間を奪い返しましょう。



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