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「自転車乗りの王国」Chapter 05
<前回|マガジン|
見たことのない手紙を読み終えると、僕はもう一度だけラム酒に口を付けた。
何も割らないそのままのラム酒は、僕のくちびるをひりひりと甘くしびれさせる。
王様がこれまで、手紙を読まずに引き出しに入れてしまったことなどなかった。これが初めてのことだ。それでもやっぱり手紙を読んでみると、しっかりと王様の声が聴こえてくるのだった。
手紙には、王様からの願いごとが端的に書き記さ
「自転車乗りの王国」Chapter 04
<前回|マガジン|
部屋に入る直前に、ホテルの受付でラム酒を瓶で買った。
とてもちいさな琥珀色の瓶で、ラベルにはまだ若いヤシの実のイラストが緑色に描かれている。
味はさておき、この瓶のデザインに満足しながら、僕はラム酒のあてに王国をのぞき始めた。
王国の中心には城が置かれていて、そのまわりには頑丈な城壁が囲っている。さらにそれに纏うようにして、商業区、工業区、居住区、娯楽区が発展してい
「自転車乗りの王国」Chapter 03
<前回|マガジン|
海岸に国道を一本挟んだだけの海沿いに、ホテルはあった。
それほど広くもない敷地のなかに、ちいさな建物がぎっしりと並んでいる。
僕はコンピュータの基盤をのぞくようにしてそれらを眺めた。
初めて来た場所だったが、ふとした懐かしさを感じた。古い映画で見たことがあるような、そんな漠然とした既視感だ。
いちばん手前に質素な受付用の小屋があり、そこからそれぞれの部屋に渡
「自転車乗りの王国」Chapter 02
<前回|マガジン|
遅めの朝食にマフィンとスクランブルエッグを食べた。
僕は食後に運ばれてきたコーヒーの薄さに顔をしかめながら、先月まで働いていた清掃会社のことを考えた。
そこでは朝から晩までひたすらゴミを集めた。このゴミが果たして誰にとって不要で、誰にとって必要かなんてどうでもよかった。
ゴミと呼ばれれば全てゴミで、集める対象だった。ゴミ箱のなかにある空き缶はひとつ残らず集められ、
「自転車乗りの王国」Chapter 01
僕は自転車に乗って橋を渡った。
歩けばそれで散歩が済んでしまうような長い橋だ。
橋を渡るとすぐに街の中心部がみえてきた。初めて訪れる街をみるのはすごく好きだ。
それまで自分のなかにあった凝り固まったものや、不純物なんかをぜんぶ吹き飛ばしてくれる。
自分がいかにちいさな存在かというのを思い知らされる。いちどそうなってしまうと、もう何もかもがバカらしくなる。なんで自分が存在するのかもわからなく