自転車T

「自転車乗りの王国」Chapter 02

 <前回|マガジン|

 遅めの朝食にマフィンとスクランブルエッグを食べた。
 僕は食後に運ばれてきたコーヒーの薄さに顔をしかめながら、先月まで働いていた清掃会社のことを考えた。

 そこでは朝から晩までひたすらゴミを集めた。このゴミが果たして誰にとって不要で、誰にとって必要かなんてどうでもよかった。
 ゴミと呼ばれれば全てゴミで、集める対象だった。ゴミ箱のなかにある空き缶はひとつ残らず集められ、外に転がっているものは放置した。その繰り返し。
 それをまる一年だけ続けたが、結局虚しくなってやめた。賃金が悪いわけではなかった。自治体から補助金などが出ているようで、むしろ内容の割にはいいほうだった。

 けれど毎日集められるゴミを見ていると、何か自分のことのように思えて鬱々としてくるのだった。
 ゴミと呼ばれるために集められて、ゴミと呼ばれないために放置されるゴミのことが頭の隅にこびりついて離れなかった。
 放置されたゴミたちは、いったいいつ、自分たちがゴミであると気づくのだろう。ああ、自分は回収されないから、まだ誰かに必要なものだなんて思っていたゴミは、やがてどこかでその事実に気づかされてしまうんだろうか。

 僕とあのゴミとはどこか似ているような気がした。僕がこの仕事をしているということになんの整合性も感じなかった。僕が辞めてしまっても、また違う誰かがゴミを集める。ゴミ箱の外にあろうが、中にあろうが、結局は一緒なのだ。ただ、内側にいるのか、外側にいるのかの違いだけ。

 僕の書いた辞表を、上司はなにも言わず、顔色ひとつ変えずに受け取った。
 そういえばあのひとは、ゴミを拾うときも無表情なひとだったなと思いだした。でもよく考えればそれは当たり前のことで、仕事でゴミを拾うごとに一喜一憂するひとはそういない。僕だってきっとそういうひとだったのだ。ゴミを拾う事で心を動かさないひと。代わりがいくらだっているひと。
 そう一ヶ月前までは。

 辞めた翌日から、僕はキングダムトレイダーの仕事をはじめた。
 そのころは既に王国がポケット版で売られていたから、始めるのにそんなに苦労はしなかった。僕は最初の王国を、近所の中古キングダムショップから手頃な値段で買い求めた。その店の品揃えは最低だったが、買ったその王国は基礎がしっかりとしていて、いくぶんマシに思えた。既に上下水道は引かれ、城は頑丈なつくりをしていた。すこし手を加えれば、すぐにでも華々しい繁栄を迎えそうだった。

 だが買ってみると、なぜあの中古屋に置かれていたのかがわかった。
 王様がどうにもならない。暴君だったのだ。これはいけない。
 こちらの忠告をほとんど聞かず、毎日のように人々を処刑した。パンを盗んだと処刑される者もいれば、城の前で大声を出したと言って処刑される者もいた。
 そうした殺戮は老若男女問わず、王国の全土に及んだ。
 そのことに関して僕は幾度となく、王様に対話を求めたがまったく聞く耳をもたなかった。
 もともと口数の少ない王様ではあったが、とくに処刑のはなしになると口を閉ざした。
 「悪い者は処刑する。罪の多かれ、少なかれに関わらず」と静かに言うのみだった。
 そういうときの顔もまた、清掃会社の上司のようになんの感情も読み取ることのできない、ひどくイントネーションの欠落したものだった。


 僕は薄いコーヒーを飲み終えると、レジスタアのあるところまで行って会計を済ませ、それから店員にどこか宿はないかと訊ねた。
 すると店員は、あまり面白くなさそうな顔で海沿いのホテルを紹介してくれた。
「駅前にもいくつかあるが、ありゃダメだ。豚か、よくて馬が寝るようなところだよ」と吐き捨てるように付け加えた。
 僕は店を出てすぐに看板を振り返った。
 店の名前は、ニューモダン。僕は密かに滞在中のいい居場所を見つけたことを祝った。

 だが、あのコーヒーだけはどうにかならないかな、と思いながら、僕は再び自転車を走らせた。

つづく

イラスト:たかはしちゃん


 以下はあとがきのような何かです。この文章に投げ銭してくださった方へのすこしばかりのお礼とかえさせてください!
※購読していただける場合はマガジンのほうが確実にお得です。どうかご検討ください。

|マガジン|次回>

ここから先は

657字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?