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「どうせ責任を取るのは会社なんだからさ」に安心できない不器用人間の話。

最近初めてストレングス・ファインダーを受けたのだが、自分のことが見えていなさすぎて困惑したので聞いてほしい。

補足すると、ストレングス・ファインダーとは米国ギャラップ社のオンライン「才能診断」ツールだ。177個の質問に答えると、34種類に分けられた才能のうち、どの資質が強いか導き出される。

専用の本を購入して診断する場合は上位5つ、1位から34位まですべての才能の順番を知りたい場合にはサイトから購入できるそうだ。私は本で5つだけ出したがすでに情報過多のため、消化しきったら34個すべて出してみたい。

私は最近ストレングス・ファインダーを知ったのだが、周囲では8割くらいの人が受けていた。私が知らなかっただけで有名らしい。

話のネタにしやすいことと相手のことを知るのが好きなのでよく上位5資質の話をするのだが、この話をするたびに少し困ったことがある。私の第1位資質の納得度が自分と他の人で違いすぎるのだ。ちなみに私の全体結果はこんな感じ。

  1. 責任感

  2. 着想

  3. 学習欲

  4. 個別化

  5. 適応性

この結果を見たとき私は「へぇ~そうなんだ?」くらいのテンションだったのだが、問題は人に「第1位が責任感で〜…」と話し始めたとき。相手の「ああ〜!!!」に含まれた感情が濃すぎる。複数人で話している状況でも、他の人の第1位発表の「ああ〜!」と比べて反応の良さが尋常ではない。

思うに、他の人への「ああ〜!」に内包された感情が「ですよね!たしかに!わかる!」なのに対して、私の場合は「それやそれそれ!!!ワシが言いたかったのはそれや!!!」なのだ。

そこまでレアな資質ではないものの、私の"あんまりよくわかっていない感”に対しての「アンタ分かってないかもしれんけどさぁ!」もこもっているからだと思う。自分のことは見えていないもので、私は責任感が強いと思ったことはないのだ。

ある人に「みんながみんな、そんなに責任感があるわけじゃないんだよ」とポソっと言われた時に知ったのだが、私の感じ方は標準装備のものではないらしい。

思い返せば会社員時代「責任を取るのは会社なんだからさ、もう少し気楽にやりなよ」と言われる意味がわからなかった。自分の行動が会社に影響すると言われてなぜ気楽にできるのか、まったく理解できないのだ。

主語が”上司”や”マネージャー”など個人になるとさらに恐ろしい。自分の行動が誰かのマイナスを自分が生んでしまう(かもしれない)なんて怖くてたまらない。いくら最終的に人事評価で下げられたとしても足りない。だってその人たちへのマイナスを回収できないじゃん。

仕事をしている以上プラスを生むのは当然、マイナスを生まないのもまた当然。書いていて思ったが"責任感が強い"より"常に必死" のほうが近いように思う。

想定していたことならともかく「1回大きなマイナスがでても、帳尻が合えばOKだよね~」を仕事に対してできないのだ。なにかマイナスを生んだならプラスに戻すまで生きた心地がしない。

そういえば「全部自分で背負いすぎるな」もよくもらったコメントだ。人のミスであっても、そこに自分が関与できる余地があったのであれば自分にも責任があったと感じる。その人の責任はその人のものだと頭でわかっていても、責任を感じざるを得ないのだ。

行き過ぎた自責思考は精神を削るし、人の責任を横取りしてはいけない。資質解説書籍のアドバイス欄には、「自分が責任の負える範囲を明確に」と書かれていた。アドバイスが的確すぎて泣きそう。

人生においてかなりこの資質に振り回されてきたように思うが、フリーランスとして個人で働くようになり、グイグイと進めていく姿勢を褒められることが増えた。会社員時代は「余計なことをしたら誰かに迷惑がかかるかも」とかかっていたストッパーが一気に外れたからだ。

頑張りすぎてパツパツになっても自己責任。仕事をしすぎても自分が大変なだけで、求められる仕事をする分には誰かに迷惑がかかることはない。それをすべて良しとは思わないが、正直とても気楽だ。

今いただいているお仕事も責任を負いすぎる、ある種の"不器用さ"を信頼していただいているように思う。

昔からのらりくらりとうま〜く生きられる人への憧れがあるのだが、まさにないものねだり。うすうす勘づいてはいたが"うまく立ち回る"に絶望的に向いていない。

人から見たら損な性格だとも思うが、診断と周囲の反応を見る限り諦めるしかない。ゆるく生きられない自分と、うまく生きていこうと思う。


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