noteの現在と今後~拠点と聖典とカリスマ~
こんばんは🌙😃❗
昨日(11.06)の10時間唱題から一夜明けて、今日(11.07)は仕事をしつつ3時間唱題に挑戦していました。
唱題時間が足りなかったのでロスタイムやってます。
noteの現在(1/6)
話は変わって、皆さんnoteは現在どんな状況でしょうか?
しばらくnoteを離れている方もいらっしゃいますが、今活動してる方は楽しくnoteを活用できているのかなって、ふと思いまして。
僕の好きなバンドX JAPANのボーカルToshIさんのブログは、一回更新するたびに数百件のコメントが来るというパワーブログです。そこまでいかなくても、一回更新したらコメントでにぎわったり、好きがたくさん付くと嬉しくなりますよね。
ToshIさんはコメントまわりとかスキをつけまくってそのお返しをもらったりしなくても、いっぱいリアクションをもらってます。本質的には、そういうことをしなくてもリアクションはもらえるものなんでしょうかね。
究極的にはコンテンツ(作ってるもの)が優れていれば、皆から愛される存在になれる。そうは言っても魅力的なコンテンツを作るのは大変なわけで、キャラクター(スキやコメントまわりするマメなキャラクターとか)で売って、そのお返しをもらうのが地味だけど簡単な手段なわけです。noteを楽しむためには。
僕のSNS生活(2/6)
まあ僕自身は、スキ、コメントまわりはあまりやらず、自分の発信したいことを中心に発信してるだけですが、あんまり手ごたえはないですね。
昔から仲良くしてくださる方がコメントくれる時はありますが、新規の方はほぼ皆無。これってどうなの?ってnoteを小一時間問い詰めたいです笑。
SNSを楽しむためにはユーザーの側の工夫が大事なのはわかりますが、ユーザーがたくさん努力しなきゃいけないシステムって使いづらいのですよ。
昔あったSNSで楽天プロフィールってのがあったんですけど、あれのダイレクトメッセージ機能は良かったですねー。SNS上で知り合った友人と何時間も話し合ったりして楽しかった。
他にもmixiのコメント機能では何日間にもわたって議論したりして有意義な時間過ごしたりしました。
noteで濃い議論したいような(3/6)
ひるがえってnoteではなかなか濃いメッセージやコメントの応酬が難しいのはなんででしょうかね。コラボとかできたら楽しいのですが、年中コラボやってるわけにもいかず(やってる方もいますが)、なんか閉塞感があるような。
noteで長文のメッセージが推奨されないのは、システム的にメッセージの長文を弾いてしまう仕様に加え、あんまり議論好きな人がユーザーとしていない状況に原因がありますね。おそらく。
オススメに載っかってるユーザーは長文大丈夫な人多そうですが、それが発展的な議論になっていかないのは、濃い繋がりになりづらいからだと思います。
もちろんnoteでもオフ会開いたり、継続的に繋がったりする関係性はあるようです。しかし、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)の「日蓮って」スレのように非常に濃密な議論が展開される場は、共通の「拠点」が存在しないと作られない気がしますね。
奇跡が生まれる場所(4/6)
その拠点にいれば対話者がほぼ間違いなくいて、趣味や興味が共通で、理解しあえる仲間がいる。そんな状況になったときに、持続的な濃い場「ディープサークル」が現れるのです。
僕の所属しているディープサークルは
・mattermostで運営されている「ライフエンジン」。
・地域の拠点で毎週やっている「創価学会男子部」。
・自宅が拠点のボードゲームのサークル活動「ダイユー」。
・語学を学び、活用するグループ「From Chiba」。
の四つですかね。
まあライフエンジンとFrom Chibaは最近そんなに関わってないんですが、ライフエンジンでは一ヶ月に一回オフ会開いたり、新しい仕事が生まれたりしてるようですし、From Chibaでは海外旅行にメンバー同士で行ったりしてるみたいですね。
ダイユーではボードゲームを楽しみながら、自分達でオリジナルのボードゲーム作ってます。
創価学会男子部は、毎週集まって会内の番組放送を皆で観て学んだり、一週間の活動報告と決意発表をやったりしてます。
noteはディープサークルになるのか(5/6)
まあ別にディープサークルにならなくても、細々とやっていくことは可能でしょうが、大きくはねるためにはディープサークル化することが有効でしょうね。
あとディープサークル実現のためには、サークル内で皆が共有する「聖典」があると、メンバーの質が保たれるようです。
例えば、僕は所属してませんが西野亮廣(あきひろ)さんのサロンでは「革命のファンファーレ」や絵本が聖典として機能していて、サロンに入る人は皆読んでいるのだとか。そこで新しいことをする人がかっこよくて、挑戦しない人はカッコ悪いという価値観が深く共有されていると聞いたことがあります。
ホリえもんのサロンでは「多動力」や「ゼロ」、ライフエンジンでは「ゆっくりいそげ」「なぜこの人と話をすると楽になるのか」「才能は開ける」など10冊ほど推薦図書があります。創価学会男子部やFrom Chibaでは「新・人間革命」を読んでる人が多いですね。30巻もあるので大変ですが。ダイユーでは特に指定はないですが、今後のことを考えたら、なにかしら共通の聖典があった方がいいでしょう。
ひるがえって、noteの聖典はなんでしょうか。あまりパッと思い浮かぶ人は少ないでしょう。公式的に聖典とされてる本やコンテンツがないので。聖典は言い換(か)えるとアイデンティティの元になるものなので、これがないとメンバー共通の個性がないことになります。団結もしづらいですし(何に向かって行動すればいいのかわからない)、個々人が成果を出すのも不安定です(どんな方向性のものを作ればいいのか、自分達らしさが明文化されていないので出来るものがなんとなくで出来たものが増える)。
noteに拠点と聖典とカリスマを(6/6)
先ほど例にあげた、X JAPANのToshIさんみたいに、存在が聖典のような人がいれば別ですね。「ToshIloveパイセンを手ぶらで返すわけにはいかねえ」とか「ウィーアー!エーックス!(俺たちは無限の可能性を持っている)」とかかなり聖典チックで好きなんですが、そういうカリスマがいると、かなりメンバーのアイデンティティが出来ますよね。ただ、皆が皆同じ情報を共有しているわけではないので、人によってカリスマの思想の影響下にあるかどうかのムラが大きくできますが。
国家で言えばアメリカの聖典は「聖書」です。中国の聖典は中国共産党の出版物や新聞かなあ、全然知らないけど。日本の聖典はテレビ番組や歴史のコンテンツですかね。最近の若者はテレビよりネットに影響受けてそうですが。
ともあれ濃いつながりや濃い交流を生むディープサークルを作るためには、聖典があった方がいいので、仮にでもnoteの聖典を設定したら面白いんじゃないかと思います。
例えば、noteが新しく提案している、スマート新書なんかどうでしょう。
http://store.note.mu/smart-shinsho.html
なかでも「みんなが書き手になる時代のあたらしい文章入門」by古賀 史健や「自分への取材が人生を変える」byはあちゅう、などの本は全noter必読の本だと思います。僕ははあちゅうの本しかまだ読んでないけど。古賀さんの本はタイトル的に良さそう。
日頃の共通言語としての「新聞」的な役割をcakesの記事が担うとして、「聖典」の役割をスマート新書が担ったら、けっこう新しいコミュニティが生まれる気がします。スマート新書はすごく短い本なので、皆が読みやすいと思うんですよねー。
まとめると、今後noteをより楽しむためには、話し合いのできる場として「拠点」が必要です。拠点はnoteには、現状(スレッド形式の)ダイレクトメッセージ機能もサロンやコミュニティ機能もスレッド機能もないので、Twitterの連絡先などを交換してダイレクトメッセージでやりとりしたり、記事を定期的に更新して、各々のコメント欄を拠点にしたりするしかないかな。その拠点をより濃密な「ディープサークル」としていくために聖典や新聞(cakesの記事)を皆で読むようにしたら、皆のレベルが同期されて、共通の言語、共通の興味や関心、共通の話題ができます。そうすればより活発なコメントの応酬やスキのやりとりが出てくるのではないかと考えられます。そうしているうちに、優れたメンバーが代表者として目立ってきて、noteのカリスマ的な存在が明らかにできてくるでしょう。拠点、聖典、カリスマがそろえば、一段とnoteという場が盛り上がって、みんなハッピーになるはず。だから今あなたにできることは、noteを定期的に更新して拠点を作り、聖典を読むこと!そしてカリスマを探して育てることです。カリスマを育てることは今回は語りませんが、今後機会があれば論じます。
そんな感じ!
星野敬児の
つぼをうちまくるメモ
つぼメモでした!
じゃーねー★
また( `・ω・´)ノ ヨロシクー