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9【連載小説】パンと林檎とミルクティー~作家・小川鞠子のフツーな生活日記~

9 「愛」と「愛のようなもの」についての考察

 わたし・青木賞作家・小川鞠子(おがわまりこ)62歳
 友人・恋愛小説家・麹 まゆか(こうじまゆか)54歳
 友人・編集者・山倉益代(やまくらますよ)47歳

 わたしの部屋に、ふたたび友人の作家と編集者が来てくれた。
 今回は、「泣き疲れた青木賞作家をなぐさめよう会」ではなく、作家2人の次回作を本気で、企画を考えようという趣旨で。

「小川鞠子の次回作は、どろっどろの恋愛もので」
「わたし、そういえば真正面から恋愛ものって書いたことなかったなあ。青木賞受賞作は、介護される側とする側のすれ違いを書いたし」

「鞠子さんは、ネタあるからいいよね」
 麹まゆかのこの口調に、編集者の山倉さんは当初、すごく驚いていた。敬語を使わないのか、と。わたしは笑って、二人の時はこんなもんよと言った。
 麹まゆかは、公の場にでるととても控えめでこんなになれなれしい口調で話しかけたりは、しないのだ。
「ネタって何よ」
「こないだの、号泣の夜に、の一件をそのまま小説にしようよ、って話」
「あれね。こっぱずかしい62歳の話」
「いえ、本気の想いが伝わってきました。びっくりはびっくりしましたけど」
「麹まゆか~。老いらくの恋の話を、小川鞠子が書いたところで誰が読むのよ。気持ち悪いだけでしょ。自分でも信じられないんだから」
「え、なにがあ?」
「恋だとのたまって、3か月もひとりの芸能人の出演番組やドラマを追いかけて、一喜一憂してたことよ」
「いいと思う。だめなのは、自分の気持ちだけを押し付けて暴走しちゃうことだもん」
「そっかあ。共感してくれる読者って、同年代よね。そこへ向けて書くか」
 わたしの次回作のテーマは「老いらくの恋」か、「周り中を巻き込んで迷惑かけまくりのトラブルメーカーの恋」か。

「次。麹まゆかの次回作よ。そろそろ青木賞狙って書いたら?」
「がっちがちの恋愛ものしか書いてないのに?」
「人間の本質を掘り下げる要素がはいっている恋愛小説なら、賞を狙えるのではないでしょうか」
「どうやって書けばいいの?」
「苦悩する人を一人放り込んじゃえば?」
「恋愛と仕事に苦悩する人?」
「恋愛と仕事と、もうひとつ悩みの種を」
「介護じゃ、小川鞠子のパクリだあ。あととり問題か、健康問題かな」
「狙える要素、入れてきましたね」

 ふと、わたしは真顔になってつぶやいた。
「愛って、なんなのかしらねえ」
 その場にいた二人の動きが、止まった。
「自分の気持ちをわかってほしいのが恋、影ながら相手の幸せを願うのが愛。と思ってわたしは書いてきた」
 すぐに反応したのは、麹まゆか。恋愛小説家の見解。
「愛は、無条件に見守ることができて待つことをしないでも待てる、ってことですね。わたしにとっては」
「イミシンですね、山倉さん」
「待つともなしに待っているのです。作家さんの原稿を」
 山倉さんの言葉に、麹まゆかとわたしはそろって「あー」と、苦々しく声を出した。
「鞠子さんの愛は何ですか?」
 改めて山倉さんに聞かれた。

「愛は」
 わたしは、目の前のコーヒーを一口、飲んだ。
「消そうとしても消えない心の奥にあるあったかい気持ち」
 座布団イチマイ、と、麹まゆかが叫んだ。

つづく



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