【連載小説】パンと林檎とミルクティー
13 火曜日14時・3週間後の土曜日14時・翌週の月曜日13時
テレビドラマで、女性の主人公が言うのを、真智子は聞いた。
「雨って、空が泣いているみたいで嫌い」
何言ってんの? と、心の中で反撃した。
雨のありがたさをしらんのか、この主人公は。
そもそもこんなセリフを書いた作家は、どういう意図で書いてるのか。
脚本家を調べようとして、やめた。
いらいらの矛先を脚本家にむけたところで、真智子のいらいらは解消しない。もっと募るばかり。
そして、今日火曜日は昼から雨。
買い物に行こうと思っていたけれど、雨が降ってきてどうしようかと思う。
予定を変えると、雨に負けてしまったみたいでくやしい。
かといってだんだん強くなる雨の中でかけるのは、勇気が必要。
窓から外を見ると、中休みのように雨が小降り。
真智子は、よし行くぞ、と声に出して宣言した。
レインコートを着て、二つ折りの財布とスマホとタオルを2枚、レインコートの外側と内側のポケットに詰めこんだ。
そういえば長靴を持っていない。
一番安く買った布の靴を履いて、でかけた。
どこへいくか決めないで、小さな川の脇を淡々と散歩する。
傘をさして、ゆっくり歩く。
と、5分ほど歩いたところで布の靴の中まで、雨が入り込んできた。途端に靴が重くなる。
さらに5分ほど歩くと、雨の中に靴を置いているようで、靴下までぬれて重い。
これではどこのお店にも入れないし、電車やバスにも乗れないし、ましてやタクシーを捕まえることも無理。そう、真智子は悟った。
家に帰るには来た道を戻るだけ、という選択肢しかない。
けっきょくどこにもいけずに、家に帰ってきた。
シャワーを浴びてミルクティーを飲みながら、真智子は窓から外を見た。
雨はばしゃばしゃと降っている。
真智子にとって、今日は敗北の雨だ。
3週間後の土曜日。
今日はお昼から雨でしょう。
という天気予報は、大当たり。
15時前には雷も来るかも、と、まで。
なのに。
どうしても今日、出したい定形外の郵便があって。
切手がないから郵便局に行かなくちゃならない。
土曜日だから、駅の向こう側の本局の郵便局にいかなくちゃならない。
月曜でもいいか。
いや、土曜日のうちに出せば月曜日には相手に届く。
この雨で。
真智子は心の中でぐるんぐるんと考えた。
なかなか判断できない。
年を取ると、すぐぱっと決められなくなるよ、と、いつだったか友達の友達に言われたことを思い出した。
すぐ、ぱっと、決められない。
いくかいかないか、郵便局。
雨でも行くのか、やめるのか。
どうするのかどうしようか。
3週間前とは違うスニーカーを履いて、真智子は家をでた。
外は雨。
思ったよりも降ってないので、これなら郵便局の後に買い物に行けるかも。
けれど、定形外郵便をだして郵便局を出ると、雨は強くなっていた。
ごろごろごろ。
遠くに雷が聞こえる。
ごろごろごろ。
あ、こわい。
真智子は、スニーカーを気にせずに水たまりの中に足を踏み入れた。
ばしゃ。
スニーカーの中に、雨が一気に入り込む。
もうだめだ。
もうだめだ。
こわい。
こわい。
雷に追われるように、小走りで家に帰った。
スニーカーの中で塗れた靴下を脱ぎながら、今日も雨に負けたと敗北感を味わうしかなかった。
週が明けた月曜日。
天気予報は、晴れ。
最高気温の予報は20度。
よし。
真智子は、今日は仕事の打合せがない事を確認した。
小ぶりのリュックに、財布とスマホ、ルーター、ハンドタオル2枚、マスクケース、ファミレスの割引券、A6サイズのノート、ボールペン、エコバッグを整理して詰めた。
玄関で、いちばん気に入っている軽いウオーキング用のスニーカーを履く。
ひもを、きゅっとむすぶ。
気持ちも、きゅっと引き締まる。
よし、歩いてこよう。
今日は、今日こそは、天気に負けずに2時間くらい歩こう。
ドアを開けると、風が吹いて、真智子を歓迎しているみたいに思えた。
つづく
この小説は、作家志望の女性の日常をちょっとだけ切り取って描く連載小説です。
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