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【連載小説】パンと林檎とミルクティー

12 木曜日午前4時


 ねそびれた。
 正直な心情として、この言い方がしっくりくる。
 リビングで、ついうとうとしてしまい、午前零時をすぎたあたりから、目がさえてしまった。一度は布団にはいって寝ようとしたが、いろんなことを考えて余計に目がさえた。
 来週締切の原稿のこと、これからのこと、次の仕事のこと、今月の支払いのこと。

 どうしよう。
 と、自問自答しながら、ぐるぐると同じ場所でくり返しているだけ。
 明確な答えがでてこない。
 ばかみたいな不安。
 もっと面白がれば、どこかで歯車がきっちり動き始めるのかもしれない。なにか、きっかけが欲しい。

 カーテンを開けると、4月の午前4時は、まだ暗い。東の空は、朝焼けの気配もなかった。
 彼女は、駅前のスーパーにいこうと決めた。
 財布に、クレジットカードと小銭だけいれる。エコバッグと財布を、トートバッグに入れて、家を出た。
 外は、夜の暗さ。
 常夜灯のあかりが届くところを選んで歩く。駅に向かう人も、駅から歩いてくる人もいない。

 駅で、改札口の前を通る。時刻は、午前4時20分。
 表示されている電車の時刻は、5時3分。
 駅には、もうはいれるようだ。あかりはついているが、改札を通っていく人はいなかった。
 昼間と同じように明るい場所だが、人だけがいない。外も暗い。
 駅だけが、始発前から人を受け入れている。
 それは、ちょっと、安心。

 改札に誰か入っていく人はいないか、しばらく立っていた。
 誰もこなかった。

 期待はずれの淋しさをかかえながら、彼女は駅の隣にあるスーパーに入った。
 午前4時半のスーパーは、思ったよりも人がいる。
 品だしをしている従業員だけでなく、彼女以外にも客がきている。
 お菓子の列やペットボトルの列に、客が見えた。
 こんな時間に来るのは自分だけじゃないだ、と、妙な親近感を覚えつつ、彼女は牛乳をかごに入れた。それから、バナナも。
 何味のポテトチップスを買うか迷っているカップルの横を通り抜けて、古代米のせんべいを手にとる。彼女の中では、イチオシのせんべい。
 カフェオレを買うかアイスクリームを買うか。それとも、ワッフルにするか。菓子パンにするか。ぐるぐるお菓子コーナーを3周して、ハーゲンダッツの抹茶味をかごに迎え入れた。

 会計は、セルフレジは閉まっていた。
 ひとつしか空いていないレジで支払いを済ませた。

 ほんのすこしだけ明るくなってきた東の空を見ながら、彼女は自宅に歩いていく。
 ちょうど自宅の前に着いた頃、上りの一番電車が通っていった。
 外と違って、電車の中が明るく見える。
 電車に乗っている人は、スーパーにいた客の数より少ないと見えた。

 午前中は、ちょっと寝ようかな。
 そのあと、締切が迫っている原稿を考えよう。
 ネタは、毎日書いてるノートから拾ってこよう。
 寝る前に、燃やせるゴミをだしておかなきゃ。

 彼女の今日は、昨日の続き。
 どこで昨日と今日の線引きをするかは、彼女の思惑次第。

つづく
 


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