【小説】ネコが線路を横切った9
現実と小説世界の狭間から抜け出す
テーブルに置いたコーヒーは、すっかり冷めていた。
ミルクと砂糖をたっぷり入れて、春海は飲みほす。
三杯目のコーヒーをたのもうかどうしようか、あたたかいコーヒーは飲みたいと思っているのに、迷う。
迷いなのか、気後れなのか。
わずかなためらい。
春海がコーヒーを頼むことの迷いと、ハルミが下りのJR中央線に乗ることの迷いと、似ているのかもしれない。
迷ったところで、ハルミは結局下りのJR中央線に乗るのだ。乗ったことのない方向に。
「コーヒーのおかわりください」
迷ったところで、春海はコーヒーを飲むのだ。
ハルミは、国分寺で西武多摩湖線に乗り換えて、2つ目の青梅街道駅で降りる。
電車から、ホームにネコが見えて何も考えずに降りてしまった。
ネコは行ってしまって、ひとり残されたハルミは改札口をでる。
駅前から歩き、ランチを食べようと西洋居酒屋に入る。
マスターと出会う。
学校の友だちとも先生とも、両親とも違う男性に、ハルミは一目で惹かれた。春海がマスターに惹かれたように。
惹かれし、大人の男性に期待した。
今のわたしを変えてくれる存在だと。
その日からマスターと暮らした1ヶ月間は、高校生活とは比べられない自由で不自由な毎日だった。
高校3年生という現実と未来を考えたからこそ、ハルミは家に戻ると決めた。
料理の勉強をして、マスターの元にふたたび会いに来ると約束して。
「この話を恋愛小説にするなら、最後はどうするか」
「もちろん、ハッピーエンドで。今は離れ離れになることを選んだとしても」
春海はノートに書いて、あたたかいコーヒーを飲み終えると、席を立った。
家に帰ったら、小説を書こう。
つづく
※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。
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