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【1000文字小説】お局様さようなら

 文房具の販売店で、入荷の仕事をしている。
 仕事は、女性の大先輩が教えてくれる。社内で先輩は「お局様」と呼ばれていることを、入社3日目で知った。
 お局様は、入社15年だか20年だか。高校卒業で入社したらしいけれど、部下の女性がどんどん変わっていくので、ずっといっしょに仕事をしているのは店長くらい。つまり、誰もお局様のことをよく知らない。
 先輩すぎて、誰も接近しないのだった。
 はじめのうちは、いわれたことをいわれたとおりにやっていればそれでよかった。お店にくるお客さんが、不自由ないように、必要なものが必要な時にあるお店作りを。

 文房具を売ってるお店で、社員は割引価格で買える。
 大好きなあのボールペンも、水性ボールペンも万年筆も最新のシステムノートも、割引!
 はじめのうちはただ喜んで買っちゃってた。
 それから、使い心地とかいいところ、イマイチナところ、を自分でメモしてまとめていた。
 それから、何がどのくらい売れてるのか、どの品をいくらで仕入れているのか、お店でなきゃわからないことも見えるようになってきた。

 あれ。
 ボールペンの仕入れ値が、一桁違うんじゃないかなあという伝票をみつけた。伝票といっても、パソコンの画面なのだけれど。
 お局様がお休みの日に限って、わたしがわからないことがでてくるなんて。
 店長に見てもらう。
 やっぱり、おかしいねっていう話になって、店長が過去の伝票をさかのぼって調べてくれた。
 全部桁ひとつ、違う。
 仕入れ値が高すぎる。
 店長が慌てて、お局様に電話してみると、今までそれでやってきました、という返事。
 本部に連絡して調べてもらうと、やっぱり違ってた。
 うちの店だけ。
 さらに調べると、その商品の支払いは、お店じゃなくてなんとお局様の個人口座に入金されていたのだ。
 その日のうちにお局様は、解雇となった。

 というわけで、お店にお局様はいなくなった。
 わたしは仕事がやりやすくなった。
 お店のシステムも、ぐんとやりやすく変わった。
 店長も、お局様はお荷物様と思っていたのかも。

「わたしがいなくて困ってるんじゃないかと思って」
 ある日、お局様からわたしのスマホに電話が来た。
「エクセル完璧に使えるのでしたら、応募してください」
 電話の向こうからは何も言ってこなかった。
 エクセルが何であるか、も、お局様は分かっていなかったかもしれないなあと思う。
 電話は、切れた。 


※「完」までの本文のみ(タイトル含まず)ぴったり1000文字の小説です。
※この物語はフィクションです。
実在の名称・団体・個人とは一切関係ありません。


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