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余白について

日本の建物は、基本的には竣工時の価値が一番高く時間の経過とともにその価値は目減りしていく。

時間の経過とともに価値や豊かさが増していくような建築は作れないかと日々考えている。

建築家(設計士)がまず初期設定としての建築を作り、そこに暮らす人々が手を加えて行き、生き生きとしたかけがえのない空間になっていき、その価値を備えたまま、その建築が他の人の手に渡って、人間の寿命を超えていくようなイメージである。

そういうある意味未完成な初期設定を「半仕上げ」と呼んだり、拡張可能性がある状態を「余白」と呼んだりしている。「アジャイル」という言葉で示されることもある。

そういったことにチャレンジをしようとした建築が世界にはいくつかあって、そういったものを私自身直接目の当たりにしてきた。

建築で、社会問題に向き合う「エレメンタル」

近年の建築家の実践の具体例として、私が2012年に勤務したチリのアレハンドロ・アラヴェナ氏率いる「エレメンタル」の代表作を紹介する。

現在のチリは南米の中でも特に、1.都市部周辺の広い土地や豊富な資源を持ち、2.経済的に成長しながらも、3.未だにスラムなど解決すべき都市問題が目の前にある、といった3つの条件が揃うことから都市に関わる建設業や、特に建築家にとって今こそ社会的なレベルでチャレンジをする絶好のタイミングだと言える。

エレメンタルは、Think Tankならぬ「DoTank」を名乗り、実践主義を標榜しながら社会問題に真っ向から取り組む設計集団。

その処女作であり代表作とも言える「クインタ・モンロイの集合住宅」は、前回の記事でも紹介した砂漠の街イキケ近郊にある。元々この敷地にはスラム街が広がっており、行政が住民を追い出し、区画整理しなおすという計画があった。

その計画への対案として、元々の住民に継続して住み続けてもらうためのソーシャルハウジングプロジェクトを提案すべく建築家やエンジニア、石油会社や大学機関などが集まりハウジングイニシアティブグループとしてエレメンタルのが立ち上げられた。

調達された予算は厳しく、求められた住戸数など諸条件を考慮して計算をすると、一住戸は一家族がまともに暮らせる面積の半分35㎡ほどにしかならなかったという。

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[クインタ・モンロイの集合住宅] 設計:ELEMENTAL(2004)/©︎ELEMENTAL

この困難な状況から、住民を交えたワークショップを繰り返し行いながら彼らは発想を変えた。はじめに住戸の半分だけをコンクリートで頑丈に作る。残り半分は住民に委ねる。つまり写真が示すような隙間を自助建設(セルフビルド)で埋めていくように建て増してもらい最終的に70㎡にするというアイデアに至った。

スラムに住む人を排除せず、作り手に 

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[クインタ・モンロイの集合住宅] 設計:ELEMENTAL(2004) / 筆写撮影(2012)

そもそもスラムに住む人々は、セルフビルドの能力に秀でている。 この地で建築家は人々のリテラシーに「乗っかった」と言える。2012年5月、竣工して8年が経過した状況を実際に見に行くことができた。竣工当時の写真と比べると、時間の経過とともに確実に住民が建物を自分たちのものにして行く様子がわかる。

砂漠という過酷な環境の中、無彩色で拡張の余白をもつ未完のプラットフォームとして最初のコンクリートの住居が設定され、もともとの住民を、排除の対象としてのボリュームではなく、それぞれのリテラシーを内蔵した「カラフルな」人間として描き出すカラフルなファサードが表れた。この力強い建築は2010年のチリの大地震でもびくともしなかったという。

力仕事が得意な人は、そうでない人を助けるだろうし、 植物を育てるのが好きな人は、近所の人の目を楽しませるだろうという日常の風景が目に浮かぶ。   

この建築は人々の参加を伴い手が加えられるほど完成度が上がる。これは日本の住宅事情と真逆の在り方だとも言えるだろう。エレメンタルの建物は竣工後に資産価値が向上していき、さらにはこれを担保に住民が商売をはじめたり、子どもたちを学校に通わせることができているそうだ。

すなわち、イニシャルコストの倍もの社会的インパクトを造り出す建築的手法だと言えます。(想定外という言葉は、日本においては震災後によく聞かれた言葉だが)この建築家の実践を見ると、予算など諸条件の想定に即物的に反応した未完のプラットフォームにしておくことでその土地に開かれた状態にしながら、竣工後に想定を超えたインパクトを導く、といった一つの設計のモデルをみることができます。

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[レンカのソーシャルハウジング] 設計:ELEMENTAL / 筆写撮影(2012)

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[バルネチアの集合住宅] 設計:ELEMENTAL / 筆写撮影(2012)

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[メキシコ モンテレイの集合住宅] 設計:ELEMENTAL / 筆写撮影(2020)

道空間への余白 溢れ出しを促す

私自身は、日本に帰国して2013年にツバメアーキテクツを設立し、「余白」を持ったプロジェクトを日本でも展開しようと日々思考している。チリの事例のように住民が思い思いに増築するというのは日本では法律上、なかなか難しい。ただ、工夫すれば住民や使い手が何らかの形で風景や街並みに参加できるようにすることはできる。またその余白をどこに設定するか、今までいろいろ試した。

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[旬八青果店] 設計:ツバメアーキテクツ(2013) / 写真 : tsubamearchitects

ツバメアーキテクツの最初期のプロジェクト。「不本意な食生活を送るすべての人に、豊かな食生活を。」をコンセプトに展開される旬八青果店の2号店の設計。2号店は八百屋としての販売機能と、他店舗への配送・生産機能を兼ね備えた店舗として計画された。これら二つの機能を成立させるために、正方形の平面を一枚の壁でおおよそ均等に仕切り売場空間と生産空間を分ける構成とした。さらに、それら二つの空間を行来する動線に沿うようにキッチンカウンターを壁に貫入させ、接客と調理が連続的に展開される空間としている。これにより生まれた通常よりも懐の浅い売場空間は、通りのニッチとなり、気軽に入り込める場所をつくりだし、目の前にあるバス停からの人の流れと相まって街並の中に人々の活動が見える風景がつくりだされている。

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[BONUS TRACK] 設計:ツバメアーキテクツ(2020) / 写真 : morinakayasuaki

小田急線が地下化した地上部分の下北沢駅西側に「新築の商店街」をつくった。既存の商店街からは徒歩数分の距離があり、下北沢駅と世田谷代田駅のちょうど中間に位置している。建物の設計とテナントに対するエリアマネージメント(内装監理業務)をツバメアーキテクツが請負った。設計した建物は一棟が500m2程度の商業用途の建物(中央棟)、残りの4棟が100m2の程度長屋型の兼用住宅(SOHO棟)で、広場を囲むように建つ。

周辺をリサーチし、素材やつくり方をサンプリングしながら外装を変化させ、近隣と比較して少しの抑揚をつけた。さらに、ハードのデザインだけでなく、各テナントが外装や庇を改造できるようにしたり、リースラインを超えて屋外にはみ出せるルールづくりをするなどもした。ローカルルールを明確化することで、かえって入居者が積極的に街並みづくりに関われるようにするエリアマネージメントとしての内装監理業務である。(一般的な内装監理業務は、リスクを冒さないようにブレーキをかける役割であることが大きい。ここでは街並みに参加するように背中を押しサポートするような役割だったと言える) 。駅前にピークをつくる「商業施設」ではなく、駅間に人々の暮らしが根付くための「商店街」を設計するように意識を集中した。

どちちらも「道」状の空間に対する余白の設定をしていると言える。日本では西洋的な中庭空間をシェアするよりも商店街や路地などに使う人が自分たちのタイミングで溢れ出す、というのが馴染みがいいという実感がある。

インテリアに構造を見出す

一方で、施設建築(役所や福祉施設など)に訪れると、案内の張り紙などがぐちゃぐちゃになってしまっている事例に出会うことがよくある。それが見た目だけでなく結果的に、住民に届けるべき情報が不明瞭になっていたり、不衛生になっていたりすることがあると感じる。それは建築の設計者が日々運用する現場の人々の振る舞いに無頓着か、あるいは逆に建物の意図が理解されずに雑に使われている、ということなのかもしれない。

それを乗り越えるためには、張り紙が貼られるという些細な、でも空間に重大なインパクトを与えてしまっている振る舞いがどこに現れるかという空間の構造に着目し、設計の変数に取り込むということだ。

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[半仕上げの保育園] 設計 : ツバメアーキテクツ(2019)

園児の手が届くところのクオリティや遊戯性をできる限り高めるために、「半仕上げ」という方法をとった。計画の対象となった空間には、柱型やPSなどが歪に現れていた。そこで、今回は室内の凸凹を滑らかなカーブで繋いで行き「消す」ことを考えた。ここで参照したのは、撮影スタジオの背景にあるホリゾントと呼ばれる白い曲面である。これは写真撮影の際に隅を飛ばし、スタジオの壁を無きもの、あるいは無限の奥行きを持つものとして認識させるものである。
また、重いモノ(靴棚、手洗い器、おもちゃ、服やオムツの収納、キーボード、など)が床に近い側にレイアウトされ、軽いモノ(園児が生み出す工作や飾り付け、掲示板、ポスターなど)が壁面の目線のあたりにペタペタと現れるという保育園特有の二層構造について意識的になって設計をしている。そういったモノの振る舞いに素直に答えるように、下部空間はこれまでと同じように木で様々な造作を作り、上部空間はホリゾント壁をマグネット式のホワイトボードで作った。こうすることで園児の工作物が隅の無い空間に浮かぶようなイメージを作ろうとした。

余白とルール

余白の作り方というのは、他にもいろいろありそうだが、やはり一番大事なのは余白の使い方のルールのデザインである。住民や使い手にその余白の活用のルールを理解してもらうことだ。

チリのエレメンタルに勤務時代、エレメンタルの手がけるプロジェクトの住民説明会に参加したことがあった。異常に盛り上がり、余白の使い方やルールを住民がしっかりと楽しんで理解している様を目の当たりにした。

ツバメアーキテクツにおいても、ボーナストラックにおいては建物のカスタマイズの方法は何十ページにも及ぶルールブック(内装監理指針書)にまとめ、テナントやテナントが連れてくる設計事務所に対する説明会も実施した。

半仕上げの保育園シリーズは今年中に合計5つとなるが、同じクライアントと使い方やその効果をプロジェクトを通して何度も体感する確認することで、カスタマイズ性・清掃性・意匠性の組み合わせのパターンと適応した運用ルールを見出しつつある。

時間のデザイン

エレメンタルのプロジェクトが2004年に竣工してから10年弱経過してから見にいくと、非常にうまく使われており、住民が触らない躯体の方も経年変化で凄みを増しており生きられた場所になっていた。まさに時間のデザインがなされていると、当時の私も感じた。最近思うのはこの時間のデザインを、設計者的観点で言えば、「ハード(建築・空間のデザイン)とソフト(運用ルール)」の両方を同時にデザインすること、と言ってもいいのではないかと考えている。

今も生きながられている集落などは、結果的に、地元の工法や地元の慣習といった形を住民が了解しているということで両立が計られていて、結果的に時間のデザインがなされたかのように見えている。

そして時間のデザインがうまくいくと、その場所は設計者や元のクライアントの寿命さえ超えて地域そのものになっていくだろう。


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