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ツバメ物語⑩/珈琲係・石井

ところで、お店づくりの工事は遅々として進んでいなかった。暇なのは夕子だけという日もあり、そうなると、建築士がいない一人ぼっちの現場で出来る事は掃除しかなかった。

オープンは当初の目標時よりすでに3か月遅れていた。私は、掃除するか、珈琲を焙煎するか、色々なお店に珈琲を飲みに行くか、という生活を送っていた。

内心はこのままオープンするのがまだまだ先になり、挙句の果てにはやっぱりオープンしない、という選択肢もまだ残っているのではないかという一抹の不安もあった。

そんなある日「珈琲屋さんとして出店しませんか?」と声がかかったらしい。

誘われたのは、アイの知り合いからで、
「やる!って返事した!」と聞いた時、あ、やっぱりほんまにオープンする気持ちはあるんや、ってちょっとだけほっとした。

で!出店のスイッチが入ると、俄然そこに持っていく集中力が一気にあがるのは、夕子ではなくてもちろんアイだった。

テーブルに敷く布を染めたり、看板を作ったり、一気に事が進んだ。やらんでもいい事まで力を注いだ。

この集中力をお店づくりの方に向かうのはたまにはあるのだが、仕事をしながらのお店づくりだったので、そこに一気に持っていくのはバランスが悪かったのだと今なら理解できる。

だから結局あの最初の壁をぶち抜いてからオープンまで2年もの歳月を要した。

その時の感覚や、思いつきがほとんどだったので、最初からイメージしていたお店とはだいぶ違う形になっていると思う。そもそもイメージなんてなかった、ともいえる。

よくアイは絵を描く様にお店を作った。と、かっこよく表現しているが、それにしては筆はないわ、絵の具も足りないわ、というような感じで、そこにあるものを手に取って、カタチにして行くので自由な様で、自由ではなかったかもしれない。でも最高のエコで地産地消だったはず。

そして、出店日。お店のオープンの目処はない中、珈琲を出した。幾度も練習して焙煎して、いれた珈琲。たくさんシュミレーションをして、初めてお客さんに出す珈琲。

その子さんは、ままごとの様に楽しんでいた。聞いてみれば接客業は初めてでアルバイト経験もないらしい。夕子は、また不安になった。隣でハラハラしながら見ていたら、いかにも客商売という感じではなくて、人と人として自然に接して珈琲を提供するもんだから、代金を貰い忘れたりするのが、可笑しいやら、心地良いやら。
(今も自然さは変わらず、お客さんに気付かず仕事してます)

そして、本当にたくさんの人に美味しいって言ってもらえて嬉しい珈琲店デビュー日になった。

「お店どこにあるの?」
「いつオープンするの?」
って聞かれたけど場所だけしか答えられず、実際オープンしたのは、これから8ヶ月後の事。

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