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あぁ、無情のドラッグストア

ここ数年、運動不足ですっかり肥えてしまった。
人前に出ないとこんなにも緊張感のない体になってしまうものかと、鏡を見る度にため息が出る。なんとかしなくてはと口ではいいながらも、心のどこかで在宅で仕事してたら仕方がないか、なんて余裕ぶっこいていた。

あのパンツを履くまでは。

来月から忙しいときだけという条件で、お世話になった人の仕事をお手伝いすることになった。スーツじゃなくていいから、ということで派遣の仕事のときに着ていたパンツでいいだろうと押入れから取り出し、履いてみる。

スルスルと履けるはずのパンツは、太ももの辺りでもう怪しい。
一応上まで上げられたが、これはボタンがとまるのか。
ふんぬ! 渾身の力を込めて腹を極限まで凹ませ、その隙にボタンをとめる。

おい、こら、ワシを殺す気か。
引き裂かれそうな圧に必死に耐えながら、命懸けの抗議をするボタンの声がきこえてくるようだ。

これはよろしくない。1年間の360日くらいはTシャツとリラコで生活していたので、自分の体がだんだんと球体に近づいていることに気がついていなかった。

早急になにか手を打たねば。

今日、ドラッグストアにおでんの具を買いに寄ったところ、夫からもついに「大きくなったねえ」としみじみ言われてしまった。

しみじみテンションやめれ。

ぶちぶち文句を垂れながら、カートを押して店内に入る。入ってすぐの薬品コーナーを流し見していたら、ある商品が目に飛び込んできた。

ナイシ◯ール!
お腹の脂肪を落とす!!

飲むだけでどうにかなるなんて思ってない。
ただ、ちょ〜っと私の脂肪退治のお手伝いをしてくれたらいいんだ。決して飲むだけで痩せるなんて思っているわけではないんだよ。誰に言い訳しているのかわからない言い訳を心の中でくり返す。
困ったことに、期間限定のセール価格になっていた。私は先を歩いていた夫に呆れられながら、ナイ◯トールの空箱をカゴの中にそっと忍ばせた。

レジは週末の夕方ということもあり、混雑している。コソッと忍ばせたあいつの清算をさっさと終わらせて家に帰ろう。
「○番、○番レジまでお願いします」
痩せていて綺麗なお姉さんがインカムでなにか伝えている。空箱だったから、本物と交換するためだろう。応援を待つ間、ずっとお姉さんの手に握られたナイ◯トールの空箱。
私の後ろに並んでいる年配のおばさまがずっと箱をガン見している。

そんなに見ないでくれ……そしてお姉さん、その箱をもう少し下ろしてくれないか。素知らぬフリをしながら、内心恥ずかしさで「週末のこんな混んでる時間帯に買うんじゃなかった」と後悔し始めたころ、ようやくヘルプの店員さんがやってきた。
「これ、実物どこにあるかわからなくて……」
お姉さんが若いお兄さん店員に空箱を渡す。
お兄さん店員、空箱をしかと受け取ると「どこだったけなぁ〜」といいながら薬コーナーに向かっていった。
頼む! 早く帰ってきてくれー!!

祈るような気持ちで待っていると、お兄さん店員が爽やかな笑顔で戻ってきた。お姉さんに商品を手渡すと、そのまま持ち場に戻っていった。
「こちらの商品で間違いなかったでしょうかー?」
超爽やかなテンションでナイ◯トールをかかげるお姉さん。
「大丈夫です」
大丈夫だから、その腕を下げてくれ〜!

永遠とも思われるレジ待ちの時間が終わり、やっと清算できる。と思ったら、
「商品こちらにおきますねー!!」とカゴの1番上に、バッチリとパッケージを上にして置かれてしまった。
「ありがとうございます」
代金を払いやっとの思いでレジから解放される。サッカー台で真っ先にナイ◯トールを袋に詰めていたら、それまで姿をくらませていた夫がいつの間にか隣になっていた。

「いやー、面白くてつい遠くから見ちゃったよ」

「そんなことだろうと思ったよ」
夫にツッコミを入れつつ、そそくさとお店を後にした。
まさに、身も細る思いだ。
なのにどういうわけか、私の腹は1ミリも縮んでいない。


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