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増え続けるお茶っぱと、ちっとも増えない髪の毛の話

やっと冬らしくなってきて、あったかい緑茶が飲めるようになった。ホットの緑茶が飲みたいなと思ってはじめて冬の到来を実感する。
久しぶりに取り出した急須にお茶っぱを入れていると、思い出す人がいる。

「クロさん、そんなにお茶っ葉入れたらお茶が苦くなりますよ〜」
60歳のクロさんは若いときバリバリ働くサラリーマンだったらしく、家事はほとんどできない人だった。いつもお茶っ葉の適量がわからないようで、お茶を入れてあげないと急須の網いっぱいにお茶っぱを入れてしまう。以前勤めていた会社では、お茶っ葉をまとめ買いして冷凍庫で保存していたが、クロさんがお茶を入れると異常にお茶っ葉の減りが早くなった。

「こんなもんじゃなかとかね?」
クロさんはまったく気にした様子もなく、そのまま急須にお湯を注ぐ。蓋をしてお茶っ葉が開くのをちゃんと待ってから湯呑みにお茶を入れる。お茶っ葉の量にはこだわらないのに、そこはこだわりがあるらしい。こだわりといったらもうひとつ。

「絶対増えとるって! 毎日鏡で確認しよるもん」
「ははは! 変わらん、変わらん」
「ね? やたちゃんもそう思うやろ?」
「なんの話です?」

私もお茶を入れて席に戻るとクロさんはお茶を啜りながら64歳のタカさんとなにやら話している。

私の席は60歳のクロさんと64歳のタカさんの間。
仕事が始まるまでの間、否が応でも2人の会話に巻き込まれる。
「おいね、先月から新しか育毛剤ば試しよっとよ。産毛のそよそよ〜って増えてきたやろ? これがしっかりした髪の毛になってくれればよかとけど、なかなかならんとさね〜。産毛のまま抜けてしもてさ……でもなんとかして育てようと思いよるとさ」
「今更そがんふさふさになるわけなかやろが〜」
タカさんはやれやれと言った様子で首をすくめている。

クロさんはそれでも納得いかない様子で、かなり寂しくなってしまった後頭部の産毛とやらを確認していた。
私は朝から一体、なにを聞かされているんだろうか。てか、今度の育毛剤で何種類目だっけ?

私が知る限り、悲しいかなクロさんの髪の毛が「増えたなあ」と感じたことは一度もなかった。しかし、いつもあまりにも真剣に「増えた」アピールしてくるので「言われてみたらそよそよしてるかも!?」と答えることにしていた。
「そうやろ、そうやろ〜!! これを今からもっと育てるとよ!」
クロさんは髪の毛を増やすことに並々ならぬ執念を燃やしていた。
私は一度だけ、いつも疑問に思っていたことを聞いたことがある。

「クロさん、どうしてそんなに髪の毛増やしたいんですか?」
「え、髪の毛ある方が女の子にモテるやろ! もうちょっとふさふさになれば、おいもあと5歳は若く見えるやろ〜」

このおじさんは、本気で若い子にモテようとしている!! 当時まだ若かった私には衝撃だった。男の人はいくつになってもモテたいものなんだなぁ。


冬になって暖かいをお茶を入れるたびに、クロさんの髪はその後どうなったんだろう、と思い出してしまう。クロさんが入れていたお茶っ葉くらい髪の毛が増えるなら、あっという間にフッサフサだろうに、なんてしょうもないことを考えながら今日も急須にお湯を注いだ。

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