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つぶやき10ー記憶と感情の剥離(2)

※震災に触れますのでご注意ください

前回の記事はこちら↓


誰が部屋をノックしているのかを確かめるべく、友達は玄関まで行き覗き穴から確認しましたが、暗いけれど気配は感じないとのことだったので、しばらくしてから私達も部屋を出ることにしました。

社宅のすぐ横には、友達の勤務する会社があり、その事務所にはすでに大勢の人が集まっていました。

この辺りの記憶はあまりありませんが……
誰かのお子さんが怪我をしているという会話も聞こえてきました。そして、会社が弁償するから積荷から必要なものを出してくれ、という声もあったような気がします。

そんな中で、おばちゃんたちはご飯を炊き始めていました。パニックの中なので、中には前掛けや服を裏表にきている人もいました。周りの慌ただしさに、私も次第に状況が酷いんだということがわかり始め、芯が残っていたお握りをただただ有り難く食べました。

この状況の中、事務所は電気もついていて電話も使える状況だったと記憶しています。

空が明るくなったころ、周囲の状況が見え始め、友達と一度部屋に戻りました。戻ってみて驚いたのは、私が寝ていた布団の真横に、等身大の鏡が倒れていたことでした。後5cmずれていたら……。

部屋に戻った私達はお財布を持ち、そして避難生活できるものを探しました。しかし、懐中電灯もお水も缶詰も何もありませんでした。大きな災害を経験したことのない私達は何も持っていなかったのです。

ひとまず必要なものを持ち、部屋を出て事務所に向かう途中、社宅が斜めに傾いていることを知りました。基礎の辺りが10cm程度土から離れているように見えました。事務所に戻った私達は、会社が本社からの連絡に「特別被害が大きいわけでは無い」というやりとりを聞いていて、それを不安に思っていました。

私は、とりあえず家に電話を掛けようと思いましたが、私の勤める会社ではないないので、公衆電話を求めて外に行きました。
液状化現象で膝下まで埋まっている中を歩きながら、ひとつの公衆電話に行き着き、順番待ちをする大勢の中に私も並びました。
「長靴を持っいてちょうどよかったね」
と、見知らぬおばちゃんに声をかけられ、前日に大阪で買っていたロングのエンジニアブーツが役に立ってくれていました。

私の順番になって家に電話をすると、祖母が電話口に出ました。
「私は大丈夫だから」
そう言ったけれど、祖母に伝わったのか伝わっていないのか良く分からないまま電話は終わりました。後で聞いた話では、電話を受けた最初、祖母は何のことを言っているのか分からなかったそうです。

……つづく


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