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日本絵画歳時記 梅(3)

 こんにちは。椿です。
 日本絵画に見る歳時記、梅の第3回目です。今回は掛け軸や浮世絵版画など、比較的小さな画面に描かれた梅について見ていきたいと思います。

 まずは伊藤若冲からご紹介します。若冲は近年非常に人気の高まった画家ですが、特に有名なのが「動植綵絵」シリーズでしょう。文字通り動物と植物を鮮やかな彩色で描いた本シリーズは、全部で30幅あり、現在は宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵となっています。もともとは若冲自身が「釈迦三尊像」3幅とあわせ、全部で33幅の絵を京都の相国寺に寄進したものです。近代になって「動植綵絵」30幅のみ、天皇家に献上されました。ちなみに「釈迦三尊像」は現在も相国寺が所蔵しています。
 30幅の絵には実に様々な花木が表されますが、うち3図に梅が描かれています。

このシリーズでは同じ花木が複数回登場していますが、3幅以上描かれるのは梅と松(4幅)だけとなっています。では、一つ一つ見ていきましょう。

伊藤若冲「動植綵絵 梅花皓月図」宮内庁三の丸尚蔵館

 まずは「梅花皓月図」です。梅は画面の中を縦横無尽に、まさに這うように枝を伸ばし、枝先には無数の花が咲いています。どこに視点を向けるべきかちょっと困惑するほど、モチーフが画面を覆っています。右上には枝越しに皓々と輝く月が見えますが、梅の勢いに文字通り隠れているというか、つましやかに浮かんでいるという印象です。
 若冲が「動植綵絵」を描き始めたのは宝暦7年か8年頃(1757-58)と考えられており、本図は絵や落款印章(らっかんいんしょう:署名と判子)の様式などから、宝暦10年前後の製作と推測されています。ただ、実はその数年前に、若冲はほとんど同じ構図の作品を描いています。

伊藤若冲「月下白梅図」バークコレクション

 アメリカのバーク財団が所蔵している作品で、一見して構図から何から共通していることが分かります。異なっているのは彩色で、バーク本は梅の花をはっきりと白く塗るのに対し、動植綵絵の方はもっと淡い色でぼかすような塗り方をしています。一方で梅の幹や枝は動植綵絵の方が濃い色で、やや暗い階調となっています。

   左:バーク本  右:三の丸尚蔵館本

 バーク本には年記があり、宝暦5年(1755)の製作であることが分かります。5年ほど経って再び同じ主題を同じ構図で描いたわけですが、絵から受ける印象は意外に異なるように思います。

伊藤若冲「動植綵絵 梅花小禽図」宮内庁三の丸尚蔵館

 続いては「梅花小禽図」です。実はこの作品の方が「梅花皓月図」より先に描かれたと考えられています。シリーズ中、年記があるものでは最も早い、宝暦8年(1758)春の落款があります。二つの「梅花皓月図」のちょうど間に描かれたことになります。
 縦横に伸びた枝振りは似ていますが、こちらは下に水の流れと土坡(どは:なだらかに盛り上がった土手や堤)が描かれ、水辺の景であることが分かります。ただ、梅の根元が描かれないため、どこからどのように生えているのかが曖昧です。枝先にびっしりと花がついていますが、よく見ると蕾も多く、まだ五分咲き程度でしょうか。蕾をはっきりとした白色で丸く表すのに対し、咲いた花はより淡い色使いで描いています。

 枝には8羽の鳥がとまっています。目の周りが白いのでメジロのように見えますが、季節を考えるとあまりふさわしくはなく(俳句では夏の季語)、ウグイスを描いたつもりではないかという意見があります。どちらにしろ、ひとつところにこんなに集まることがあるのでしょうか。それぞれに向きを変えているところは細かいですね。

伊藤若冲「動植綵絵 梅花群鶴図」宮内庁三の丸尚蔵館

 最後に「梅花群鶴図」です。梅の木の下に鶴が集まっていますが、何羽いるか分かりますか?パズルのように重なっていて分かりにくいのですが、体の向きなどから慎重に区別していくと、6羽いるように見えます。足に注目すると少なくとも11本見えるので、確かかと思います。ただ、赤い頭だけ数えると4つしかないので混乱してしまいます。
 どうしてこんなややこしい描き方をしたんだろう?といぶかしむばかりですが、左端の鶴の歪んだ目つきをみると、なんとなくからかわれているような気もしてきます。若冲なりのユーモアなのでしょうか。
 肝心の梅はこれまでと違い、薄紅梅の八重咲きの花を付けています。なかなかに大ぶりの花で、先に見た二つとは大分印象が異なります。蕾は白く、開いた花びらは薄く朱がさしているようで、また違った趣がありますね。

 以上、若冲の「動植綵絵」から梅を描いた作品を三つ見てきました。花の種類や咲き方、組み合わせるモチーフを変えて、色々と描き分けようとしているのが見て取れます。若冲ならではと思うのは、濃密と言っていい画面の密度で、もともと隙間なく描き込むタイプではありますが、小枝が多く出て、花もびっしり付くという梅の特徴が、これでもかというほど徹底的に表されていると思います。

菅井梅関「梅図」東京国立博物館 出典:ColBase

 次にご紹介するのは菅井梅関の「梅図」です。梅関は一回目にあげた田能村竹田とも交流のあった文人画家で、その名の通り、梅の絵を得意としたことで有名でした。縦長の画面いっぱいに、墨で荒々しく描かれた本図は、梅関の作風をよく表しています。枝をいたずらに多く伸ばす梅の木の特徴が、これもまたうまく捉えられています。
 文人画については前にも少し触れましたが、もともとは中国で素人の余技として生まれたものです。余技であればこそ、技術的な巧拙にこだわることなく、自由に描きたいものを描くというのが基本的なスタンスです。現実感や写実性よりも雰囲気や精神性を重視するそうした姿勢は、時に「写意」という言葉で象徴的に言い表されます。形よりも心を写そうということですね。
 一見、若冲と梅関の絵は、写実と写意を対照的に表したものに思われるかもしれません。ただ、若冲の場合は単純な写実で終わることなく、細部まで偏執狂的に描き表しており、時に一種の不自然さを見る者に覚えさせます。それはそれで若冲の思うままに、描きたいように描いてみた結果、という気もしますが、みなさんはどう思われますでしょうか。

鈴木春信「夜の梅」メトロポリタン美術館

 続いて、浮世絵版画を四つご紹介したいと思います。まずは鈴木春信の「夜の梅」です。文字通り、これまでにも何度か見てきた夜と梅の組み合わせですが、春信は大胆にも背景を真っ黒に塗りつぶしています。それでいながら、梅も人物も陰影をつけることもなく明るく描いています。現実を無視した不思議な表現といえばそれまでですが、思い切ったことをしたなという率直な感心も覚えます。
 暗闇に梅の香が漂っていたので、手燭を掲げて花を確かめたという所でしょうか。彼女が立つのは建物の軒のようにも見えます。「軒端の梅」といえば、光琳の「紅白梅図」で少し触れた、能「東北」にも出てくる和泉式部ゆかりの梅ですが、おそらくそれに限らず、背後には様々な文学的イメージが重ねられているのだと思います。

鈴木春信「梅の枝折り」メトロポリタン美術館

 こちらは少し趣が変わって、お転婆娘の悪戯が主題です。身なりからして、上に乗っているのがどこぞのお嬢様、下になっているのはお付きの侍女でしょうか。土塀の向こうから枝を伸ばす梅を見つけ、持って帰りたくなったというのか、なんとも大胆な行動です。裏返しに履き捨てられた草履が、そのお転婆ぶりをいや増します。
 こうした浮世絵美人画に描かれる梅は、春の景物、風物としての梅です。主役は人物の方で、その行動や風俗が主たるテーマとなっているわけです。その点では、花木そのものに焦点を当てた花鳥画とは、少々雰囲気が異なっています。

歌川広重「名所江戸百景 蒲田の梅園」個人

 続いては歌川広重の「名所江戸百景」シリーズから二つ、「蒲田の梅園」と「亀戸梅屋敷」をご紹介します。このシリーズは広重の最晩年に刊行され、大変な人気を得た作品です。その名の通り、江戸の町とその近郊から名所を選んで、縦型の画面に一つ一つ、スナップ写真風の風景を描いています。
 この二図に共通するのは、どちらも人工的に整備された庭園に咲く梅を描いていることです。江戸の町では大名ばかりでなく、商人などが自らの土地を整備し、様々な庭園を造りました。一般に開放されたところも多く、行楽客で賑わう有名な庭園がいくつかありました。梅は桜と並ぶ春の花木として人気でしたし、生育よく育てやすい木なので、余計に庭園向きだったのだと思われます。
 蒲田の梅園は、「大森和中散」という薬を扱う山本久三郎が、約三千坪の土地を購入し造ったものです。東海道の宿場間にあって、ちょうどいい休憩場所になっていたようです。本図にも手前に空の駕籠が描かれていますから、誰かが一休みして梅見をしているということなのでしょう。奥の方には小屋が何軒も建ち並び、人々が銘々に梅を楽しんでいます。

歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋敷」個人

 一方の亀戸梅屋敷は、亀戸天神の近くにあった庭園で、多くの梅が植えられ、「清香庵」とも呼ばれる名所でした。もとは呉服商伊勢屋彦右衛門の別荘だったそうですが、特に有名だったのが「臥龍梅」で、地を這うように伸びた枝が一度地面に潜り、再び地上に出ていたことから、その名がついたそうです。おそらくは本図で手前に大きく描かれているのがその臥龍梅で、左上に見える板のようなものは、それを示す看板だと思われます。
 手前のモチーフを極端に拡大して描き、その向こうの情景と対照的に表す本図の手法は、広重が特にこのシリーズで試みたものです。こうした手法が見る者に与えるインパクトは洋の東西を問わぬと見えて、オランダの画家ファン・ゴッホが本図を模写しているのは有名です。オランダはチューリップをはじめとして花の生産が盛んですが、ゴッホはこの花が梅だと分かっていたのでしょうか。余計なことながら気になってしまいます。
 
 さて、三回にわたって梅を描いた絵についてお話ししてきました。歳時記シリーズの最初ということで、手探りしながらの執筆となりましたが、いかがだったでしょう。今後もだいたい月に一つのテーマを目標に、書き継いでいきたいと思います。
 また、今回は試みに有料記事としてみました。あくまで試みなので、課金しなくても最後まで読めるようにしてあります。よろしくお願いいたします。

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