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夏日記⑨ 誕生日とプレゼント

先日誕生日を迎えた。
いつもなら、行きつけの喫茶店の店主にお願いし、ホールケーキを焼いていただくところなのだが、甘いものが大好きな父が入院してしまった為、今年は食べきれないだろうなということになった。

というわけで、ごく普通の平日として誕生日を過ごすことにした。
そもそも私はイベントを大事にするほうで、ひな祭りの日のランチはちらし寿司を食べるし、クリスマスには望まれていないのに家族にケーキを買ったりオードブルを用意したりしていた。

しかし、そういったイベントに振り回されるのにだんだん疲れてきたし、以前にケーキが余り「なぜ食べられないのに買ってくるのか」と父に言われた時、もうがんばるのを今後は一切やめていこうと思った。
少しでもイベント気分を楽しんでもらえたらと思ったが、それは私の独りよがりだったのだ。がっかりしたと同時に肩の荷が下りた。

今年の正月を迎えたときいくつか目標をたて、そのうちのひとつを「イベントをがんばらない」にした。
もう誕生日だろうがクリスマスだろうが正月だろうがひなまつりだろうが私には関係ない。今後はどんな日でもきゅうりやちくわ、納豆ご飯を食べる。

自分の記念日は自分で決めるし、記念日だろうがそうでなかろうが日々を重ねることが大事なのだ。サラダ記念日方式で生きていくことにした。

しかし、そんな私でも絶対に頑張りたい記念日がある。
K君の誕生日である。
K君とは、行きつけのバーの店長の息子さんで、小学校三年生、虫とゲームが大好きな男の子である。
学校帰りにバーでお留守番しているときがあり、ポケモンやカービィを通じて仲良くなったのだ。K君はバーの裏部屋で宿題やゲームをしていることが大半だが、たまに一緒にゲームをさせてもらっていた。私がクリアできないステージもがんがんクリアできる器用ボーイである。
K君と私は誕生日が二日違いということで、ここ二年ほど、バーで合同誕生日会をひらいてもらっていた。

そのときに必要になるのは、やはりプレゼントである。
最初の時は、大きくて抱えきれないほどのカービィのぬいぐるみをあげた。大きなぬいぐるみって、親はなかなか買ってくれないものである。無責任なおばさんポジの私があげるのが一番よい。

次の年は、ポケモンのTシャツ。伝説のポケモンが真ん中にでかでかと載った、カッコイイやつだ。公園に遊びに行ったときに人気者になれること間違いなし。

今年はどうしよう。
上記ふたつは友人さやか氏のアドバイスでどちらもK君に大好評だった。
しかし今年は日付が迫っている。自分のことでバタバタしていて、さやか氏にアドバイスをもらう暇はない。

以前K君に会った時に、どうしてもニンテンドーの有料会員になりたいとお母さんにおねだりしていたのを思い出した。遠くの友達とスイッチで遊ぶときに加入が必要なサービスなのだ。これから夏休みだし、炎天下の外遊びは危険である。家から安全にお友達と遊べた方がいいだろう。
とりあえず無責任なおばさんポジとして、1年分のプリペイドカードでもあげておこう。
しかし、おねだりに負けたお母さんがすでに会員になってしまっている可能性もある。となると、プリペイドカードは翌年も使えるので無駄とは言わないが、ちょっとタイミングの悪いプレゼントになってしまいかねない。

もう一品、なにかいるな。
私は上野のヤマシロヤでカービィに囲まれながら、悩んでいた。
でもすでにカービィのぬいぐるみ、あげてるし。
最近の商品展開を見ると、ちょっと女の子向けの商品が多いんだよなぁ。
K君、意外とピンクが好きだからいけるか? うーん……。
カービィの圧に呑まれそうになりながら、ウロウロするだけして、結局何も決められず、挙動不審の怪しい女が仕上がっている。

そのとき、目に留まったのがポケモンのプラモデルだった。
自分で組み立てるキットのようだが、スプレーや接着剤のような特別な道具はいらないらしい。プラモデルデビューにぴったりの一品。

おお、これかも。
ピカチュウやイーブイのようなおなじみのキャラクターから、ゲッコウガやガブリアスのかっこいい系までそろっている。
いいんじゃない、これなんじゃない。

だがここで問題が発生する。
K君のいちばん好きなキャラクターってなんだ。
以前聞いたときはミュウツーだった。だが子どもの好みは変わりやすい。今はミュウツーでも、次に聞いたときはテラパゴスだったりするし。
そして狙っているプラモデルにミュウツーがない。もともといないのか在庫切れなのかわからないが、とにかくここにはいない。
K君の手持ちはどれも伝説のポケモンだから、伝説系ならいいのかもしれないけど、ここにあるのはルギアだなぁ……。ルギアって私が子どものころに活躍していたやつじゃなかったっけ。今の子にも通じるのか?

自分の趣味でポッチャマとかあげるわけにもいかないし。
(私はポッチャマとパピモッチが好きである)
いや、ここは初心にかえって(?)リザードンもかっこいいんじゃなかろうか。
あー、わからん。ここでも不審な女の誕生だ。プラモデルコーナーを行ったり来たりしている。

結局、迷いながらもアルセウスを買った。K君と一緒にポケモンレジェンドアルセウスをプレイしたのが決め手になったが、K君自身はまだアルセウス未捕獲なのがネックだった。手持ちにいないポケモンにしちゃったけどいいのかなーと悩みながら、誕生日会当日を迎えた。

バーにはごちそうが並んでいた。K君のご両親からホールケーキとお寿司、それに骨付きのハムまでごちそうになってしまい、頭が上がらない。
厚く切ったハムにわさびをたっぷりつけてしょうゆを少したらすと、たまらないおいしさである。マスタードに変えて味変もし、ウィスキーがとにかくすすむ。おいしいったらない。
ちょうどバーもイベント中で、グレンリヴェット12年やボウモア12年がお安く飲めるというので、そのあたりをいただいた。贅沢すぎる時間である。

握り寿司に舌鼓をうち、ケーキのろうそくを吹き消すと、とうとうプレゼント交換の時間となった。
K君がくれたのは、ビジュー付きの真っ白なコンパクトとポーチである。男子が選んだと思えないほどの可愛らしさだった。お母さんチョイスかと思いきや、本当にK君が選んでくれたらしい。しかも私が前々からいいなとひそかに思っていた品だったので、かなり驚いた。9歳にしてプレゼントを外さない男、Kである。

私もおそるおそるプレゼントを渡す。ニンテンドーのプリペイドカードはお母さんにも喜ばれた。まだ会員になっていなかったようでほっとする。
アルセウスの方は「俺、これ作れるかなぁ」とちょっと不安そう。だめならお父さんが出動するほかないだろう。
私がかわりに作ってもいいが、不器用なのでアルセウスの頭が腰の輪っかにくっつくとか、そういうことをやらかしてしまう自信だけはある。

「アルセウスでよかった?」とK君に聞くと、「アルセウスがいい!」ということなので、悩んだかいがあった。
夏休みにアルセウスを作ってくれるそうだ。もしK君がプラモ作りに目覚めたら、ポッチャマを買ってきて、作ってもらおうと思っている。

おいしいお酒も飲めて、K君の笑顔も見れたし、よい誕生日会だった。
誕生日に特別なことはしないと決めていたけれど、このイベントはやはり外せない。K君が成長し、「そもそもなぜ血縁関係のないおばさんと合同の誕生日会が開かれているのだろうか」と気がついてしまうその日がくるまでは、大事にしていきたいと思う。

その後、友人たちから次々と誕生日プレゼントをいただいて、ありがたいかぎりだった。
鳥村さんからはお菓子の詰め合わせ、中学校からの友達のジョンちゃんからはアイスクリームのセット、お世話になったF氏や最近なかなか会えない友達のまゆちゃんからはギフト券が送られてきた。忘れずに祝ってくれる友人がいること、それがなによりのギフトかもしれない。

さやか氏からは、けったいな包みが送られてきた。あけてみるとウィスキー。マッカラン12年ダブルカスク。
お……おおー!
なんかもう箱から、気品がすごい。私がいつも冷ややっこと一緒に飲んでいる焼酎とはまったく違うぞ。
マッカラン、実は飲んだことのないウィスキーだが、人気のお酒だと言うのはわかっていた。あちこちのバーに出入りすると、これを注文するお客さんに結構出くわすからだ。

バーテンダーさんに「マッカランもらったんですよ」と箱の写真を見せた。「これはいいお酒ですよ。すごくいいお友達ですね」の一言。
さやか氏自身は下戸なのに、すごいなと思った。私から彼女にあげたプレゼントはホゲータのぬいぐるみだったので、ちょっと反省している。

プレゼントは、もらうのももちろんうれしいが、選んだり悩んだりするのも楽しい。
自分の記念日は自分で決めるが、誰かの記念日は今後も大切にしていきたいと思ったのであった。

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