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夏日記⑤ミステリーと西武園ゆうえんち


5月20日

西武園ゆうえんちに行ってきた。
少し前に昭和レトロ風に改装された、埼玉西部にある遊園地である。
うんと小さい頃、まだここがなんの変哲もない地方遊園地であったときに何度か来たことはあったが、リニューアルして「昭和コンセプト」になってからは初めての来園である。

連れ合いはいつもの鳥村さん。
私が「没入型ドラマティック・レストラン」の紹介記事を見つけたのがきっかけである。
遊園地内にある食堂列車がイマーシブ・シアターになるというのだ。
イマーシブってなんぞやという方向けに、西武園ゆうえんちの公式が説明してくれているので、わからない方は下記を参照してほしい。

イマーシブシアターとは、本場ニューヨークをはじめ世界中で旋風を巻き起こしている最先端の没入型エンターテイメント形態。
客席から舞台を鑑賞するという概念を取り払い、観客自身が物語の登場人物・当事者として演出に巻き込まれ、さらに参加者ごとに百人百様の個別体験を特徴とすることで、一般的な演劇やショーと次元の違う、物語にのめり込む没入体験ができます。

没入型ドラマティック・レストラン「豪華列車はミステリーを乗せて」公式サイトより

イマーシブの好きな鳥村さんはがぜん興味津々。
私は、昭和レトロな街並みの写真を撮りたかったのと、バラ園が見事だというので、ぜひ見たいなと思っていた。遊園地に行くなら、連れ合いがいたほうがいい。互いの目的が一致したというわけである。

しかし、私には懸念があった。
実は、イマーシブのような「自分が参加する」手のイベントを、苦手だと思っているのである。
鳥村さんに誘われてマーダーミステリーをやったことがあるのだが、自分が登場人物になってしまうと、ひどく気が張りつめてしまう。
自身の発言ひとつ、行動ひとつがゲームの完成度にかかわってくるとなると、責任が重すぎる。
まして犯人役など当てようものなら……。
失敗しないようにふるまわなくてはと思い、ゲームが終わる頃はひどい頭痛を起こしていた。

長縄跳びの感覚に近い。
自分が跳ぶのを失敗したら、クラス全員が陰鬱とし、泣き出す同級生まで出てくるという、覇気のない小学生にとっては地獄の競技である。
(あの空気に耐えられず、小学生の私はたびたび仮病を駆使してなんとかやりのけた)
そこまで気負うなよという話なのかもしれないが、性分として気負ってしまうのである。
できることなら二度と長縄は跳びたくない。

しかし、私が失敗しても鳥村さんがリカバリーしてくれるだろうと思い、行ってみることにした。さすがに役者さんも、私がトチったからといって泣いたりしないだろう。

イマーシブは夜からだというので、ひとまず遊園地を楽しむことにした。
入園後に即向かったのは「喫茶ヴィクトリア」である。
この喫茶店は大人気で、下手なアトラクションより待つと事前情報を得ていたのだ。

やはり列ができていたが、思ったよりもすんなりと入店できた。
名物はクリームソーダらしく、それだけでも数種類が用意されていた。今は限定のあじさいがあるらしい。
私と鳥村さんはあじさいのクリームソーダと、レモンパスタを注文した。
パスタは麺がもちもちとしていて、さっぱりとしたレモンがほどよいバランスである。遊園地の喫茶店とあなどるなかれ、パスタ好きの鳥村さんもたいへん気に入ったようだ。
あじさいのクリームソーダは、アイスクリームにまぶしたざらめを溶かしていくと、青に変化する。見た目も味も爽やかでおいしい。

内装も凝っていて、ここが大人気なのはうなずけるというものだ。
推しのぬいぐるみやアクスタを並べている女の子もいる。ここ、昭和舞台の作品が好きなら撮影がはかどりそうである。
なんの作品とは言わないが、クリームソーダはその層に大人気であった。
あまりにもすばらしかったので、喫茶店は閉園ぎりぎりにももう一度行った。たいがい食い過ぎである。そのため写真がたくさんある。

バラ園も今が見ごろであった。
もっとこぢんまりとしてるかと思いきや、咲き誇るバラの種類が想像以上で、圧倒された。
やはり推しと撮る女子が続出していたので、私も気兼ねなく推しのぬいぐるみを取り出して撮った。

ルヰくんと出かけたの久しぶりだな。今まで箱の中におしこめていてごめん……。キンプリのアンソロジー原稿をノリノリで書いていたときを思い出す。KING OF PRISMももうすぐ映画が始まるので、ちょうど良いタイミングだったかもしれない。ちなみにここでバッタリ友人に会ったのだが(休日の遊園地でバッタリはいくら何でもドラマかよと思うほど偶然が過ぎるため、三度ほど姿を確認したが、やはり本人であった)、彼女もバラと推しを撮っていた。類は友を呼ぶというか、やることが同じである。

鳥村さんをゴジラ・ザ・ライドに乗せている間、乗り物酔いしやすい私は別行動でお土産をあさる。
なんと、喫茶店モチーフの文具やグッズでいっぱいだ。ときめいてしまい、選別に苦心した。特にクリームソーダモチーフが可愛すぎる。女児だったら親相手にわがまま大乱闘を繰り広げたところだろうが、私ももう大人である。
成人らしく、とりあえず欲しいものは全部買い物かごにブチこんだ。

友人にメモ帳を買い、自分にもフラットケースやめがねふきやハンカチタオル、職場にお菓子を買う。
子どもの頃はこの遊園地に来てもほしい物一つ見当たらなかったというのに、グッズのセンスも良くなっていて、びっくりだ。結果的にディズニーランドよりお土産を買っていた。

ひととおり乗り物にも乗って、落ち着いた頃にはすっかり夕方になっていた。
なんか意外と一日いられちゃうな、この遊園地……。
乗り物の待ち時間はゴジラ・ザ・ライド以外はほんのわずかなものだし、三時間もあれば十分かなと見込んでいたのだが、8時間はあっという間だった。
念のため午前中に来ておいてよかった。

そしてこれから鳥村さんの念願のイマーシブである。
ネタバレになるので、ストーリーの詳しい内容は書かない。
あくまで私の気持ちの変化を書くつもりである。
しかし、中の雰囲気とか、どんな情報でも知りたくない、公式サイトすら薄目で見ているんだという方は、この先は読まないでいただきたい。



体力温存のために遊園地のベンチで昼寝を決め込み、夕方に鳥村さんと食堂車レストラン「黄昏号」の前で集合した。
始まる前、「私は自分が楽しめるか期待もしていないし、役者さんに絡まれてもうまく回答できないと思うし、鳥村さんうまくやってよね」と言っていた。
遊園地をさんざんまわって疲れていたし、何なら全然このまま帰ってもいいな、とすら思っていた。
そう思って挑んだイマーシブだったが、意外や意外。
終わる頃には本日一番のテンション爆アゲ状態になっていたのである。

今回のイマーシブイベントの簡単ならあらすじは、以下である。

時岐乃山トンネル開通を記念した、豪華列車「レヴァリエール号」のお披露目走行に招待されたあなた。絢爛なダイニングトレインで突如巻き起こる殺人事件。あなたは事件の容疑者に!?黒幕は一体誰なのか――。

没入型ドラマティック・レストラン「豪華列車はミステリーを乗せて」公式サイトより一部引用

密室が舞台の殺人事件。面白そうである。
これが映画や小説なら絶対に楽しめると思うけれど、イマーシブだとどうだろう。

食堂列車に移動すると、すてきなアフタヌーンティーが用意されていた。

このイマーシブ、食事付きなのだ。フルーツたっぷりの限定ドリンクも希望すれば頼める。
ぱしゃぱしゃと写真を撮っていると、「ここいいか?」と、目の前にどかりと座る男性。
なんの前触れもなく相席をキメてきたこの人物、なんと、役者さんである。
そして、旅は道連れとばかりに話しかけてくる。
え、こんなに近いの? 本当に?イマーシブって、こんなに近いものなの……?
と、しばし動揺した。
目と鼻の先にキャストである。アフタヌーンティーどころではない。(とか思いつつ、なんのかんのとしっかり完食した)

役者さんたちは絶妙な演技で、「レヴァリエール号」のことを語ってくれる。
まだ自分がこの世界の住人になりきれていないので、あたふたしてしまったが、演技上手な彼らが、しだいに私たちを世界になじませてくれた。

写真を撮ってもいいとは言われたが、没入感がすごすぎて逆に撮影できなかった。
目の前の人物は役者さんではなく、レヴァリエール号に乗り合わせた人という認識が強くなってしまったため、急に現代アイテムのスマホで写真を撮りだしたら不自然かもしれない……と思ってしまったのだ。

あとは怒濤の展開だ。
登場人物の秘密がそれぞれ明らかになっていく。しかし観客を置いてきぼりにはしない。ほどよいタイミングで役者さんが絡んでくれるのだ。
なんとなく、進んでいくうちに「応援したい登場人物」ができる。
私は長坂太一氏を応援すると決めた。そして謎が明かされるまで、ハラハラしながら見守っていた。
やはり観客にもミッションが与えられたり、役者さんから質問を受けることはある。
しかしトンチンカンな回答をしたとしても、役者さんがサポートしてくれるし、ストーリーは進んでいく。これなら安心だ。

乗車前はあれほど後ろ向きだった私が途中でノリノリになっていたので、鳥村さんは「こいつ……」と思ったらしい。
それほど楽しかったということである。

まず「マーダーミステリーが苦手な自分でも楽しめるのか」という心配であるが、杞憂であった。
もの知らずゆえ、マーダーミステリーとイマーシブは似たようなものだよね?と考えていたのだが、これはまったく違う体験であった。
マーダーミステリーは責任重大さに腰が引けたが、イマーシブでの自分はあくまでモブである。モブでありながら、巻き込まれてしまう。そういった距離感が自分にとってはちょうどよかった。映画や小説も良いが、イマーシブの体験は密で、結末を知りたい気持ちが強くわき上がる。

あっというまの90分であった。
すごい体験をしたな、という感じ。
本当は色々と書きたい出来事があるのだが、なにせネタバレ厳禁だし、なにがネタバレになるかも人によって線引きが異なるので、微妙なところである。
気をつけて書いたつもりだが、これは知りたくなかったのに、という人がいたら申し訳ない。
しかし、総合的にがっつりと西武園ゆうえんちを楽しんでしまった。
お台場のイマーシブ・フォートを体験済みの鳥村さんですら「西武園ゆうえんちのイマーシブはすごかった」というのだから、やはりクオリティーがすばらしいのは間違いないのだろう。

検索してみればリピーターもいるそうだ。視点を変えれば見えるものも違うかもしれない。
誰と話すかで体験が決まると言っても過言ではないので、逆に「登場人物が他のテーブルで話したこと」を私たちは知り得ない。そういう意味では、一度きりの体験を何度もできるという感じ。
食堂列車におさまる人数で催行されるのも、本イベントの魅力のひとつであると思う。少人数のため体験が濃いのだ。

私ももう一度参加しても良いと思っている。
あまり知られていないのがもったいないし、惜しいなと思う。

満足して帰る頃には夜になり、ひと気のない遊園地を歩くのも雰囲気あってよいものだった。
たまに閉園後にホラーイベントもやっているそうなので、そっちを体験してもいいな。
と、また性懲りもなく遊園地を楽しもうとしている私がいる。

しかし、やはり帰ったら足がパンパンに張っていたし、ぐったりとしていた。
家族連れでにぎやかな遊園地に鳥村さんをひとり放っておいて、昼寝の時間を設けるという、人としてどうかなという行動をとっていたのにこの始末である。

全力で楽しむためにはもう少し体力を……と毎度言っている気がするが、がんばった方がいいと思う私なのであった。

※以下お知らせ※
「出オチキャラだったはずなのに、今やすっかり聖女です」
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