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夏日記⑩ 謎解きとゲリラ豪雨

親族の四十九日も終わり、無事に区切りよいところまできた。
父の経過も順調らしく、なんとか落ち着いたところである。

私も少しずつ外出していこう。そう思ったのだが、めちゃくちゃ暑いのである。息をするのも苦しいレベルの熱気。我が家の冷蔵庫は暑さのあまり一時ショートし、アイスクリームがホイップクリームのようになってしまった。この暑さは常軌を逸している。

通勤ならば観念するが、不要不急の外出は避けておこう。
そう思った私を待ち受けていたのは、涼しい時期に甘い見積もりで予約していた、謎解きイベントだったのである――。

謎解きイベント、トワイライトエスケープ
これに行くかあきらめるかを、私は逡巡していた。
これは以前記事をあげた西武園ゆうえんちで行われるイベントであるが、主催は西武園ゆうえんち側ではなく、「よだかのレコード」という会社が運営するイベントらしい。
夜の遊園地で謎解き。うーむ、わくわくするではないか。

こんな天気でなければね。

作品を書くには、資料をながめるだけでなく、見せ方も学ばなくてはと思い、今年はミステリーめいたイベントにちょこちょこと参加してきたが、これほど悪天候だったことは今までにない。

外はもう、これでもかというほどの豪雨。いつまでも光り続ける稲妻。遊園地までたどりつく電車は、すでに運転を停止している。私より西武山口線がまいっている。

なんかもう、そもそもたどりつけないし、うまいこと到着したとして、無事に帰れないのではないかという不安ばかりが募る。本当にリアル脱出ゲームになるなんて聞いてない。
こんなにドカドカ雷が落ちる中、屋外を歩き回ったら、一回は自分にクリティカルヒットするのではなかろうか。

遊園地の近くまで来ていたものの、空の様子をながめて立往生する私。
同行の鳥村さんも別地点で足止めを食っていたが、彼女は肝が据わっているので悠然とラーメンを食べていた。
もう絶対これ中止だろ。鳥村さんもラーメンを楽しんだみたいだし、帰っていいんじゃなかろうか。
公式Xからは開催についてなかなかアナウンスがなく、もう自主的にあきらめようかなと思った瞬間だった。

家路につこうとした瞬間、公式から決行アナウンスが出た。
この地点からたどりつこうにも、電車は動いていない。
鳥村さんのいる場所からは、電車を乗り継げばなんとか迂回ルートがあるという。

私は……。

グーグルマップをにらみつけ、覚悟する。
このあたりから、徒歩で向かうほかない。

えっちらおっちらと、急勾配の続く道を歩いた。小雨になっていたが、気温は依然として高く、ぜいぜいと息があがる。しかも人っこ一人いない。昭和の時代から建っていそうな年季の入ったラブホテルの前(営業しているのかは謎)を、傘をにぎりしめて歩く私。
当然、こんな天気で出歩く人はなく、近くには流行っていそうなお店もない。
スクーターに乗った地元民らしいおじいさんが、気でもふれたんじゃないかという目で私を見ていた。これから狭山湖に身投げしにいくと思われたのかもしれない。

安心してください、謎を解きに行くだけです。
グーグルマップをにらみつけながら、すでにトンデモミステリーが始まっているのを予感する。だいたいミステリーって、すごい嵐の日から物語が始まったりする気がするし。そうでもないかな。

遊園地についた私は、すでに汗みずくになっていた。
いや~どうにかたどり着きました。こんなに真剣に遊びにきたやつ他にいないんじゃないですか。本当に助けてくださいという気持ちである。

迂回ルートをたどった鳥村さんもしばし歩かないと到着しないとのことで、私は遊園地に入園し、失った塩分を取り戻すべく、味噌のたっぷり塗られた団子を購入し、むさぼるようにして食べた。じわじわと体力が回復していくのを感じる。麦茶のペットボトルも手に入れて、念のため駄菓子屋でサクラ大根も買った。これを買ったのは小学生以来な気がするが、まだ健在でいてくれてうれしい。

閉園ぎりぎりに到着したのでアトラクションは楽しめなかったが、そもそも大雨で出歩くことは不可能であったと思う。おとなしくエントランスで待っていると鳥村さんがあらわれて、謎解きスタートまで他愛ない話をしながら待った。

一般のお客さんが退園してしまうと、いよいよ遊園地貸し切りの謎解きイベントが始まった。
あまり詳細に書くとネタバレになってしまうかもしれないので、ぼかして書くつもりではあるが、念のためスペースをあけさせていただく。
どんなことでも知りたくないという方は、ここで引き返していただきたい。








西武園ゆうえんちは昭和レトロな世界観になっており、エントランスに入ってすぐ懐かしい風景の商店街がある。
まずはこちらでゲームの説明とショーがあった。ショーは以前遊園地で見たものと同じものだと思ったが(違っていたら申し訳ない)、何回見ても迫力があるのでリピートしても問題なし。
生歌のショーは臨場感にあふれ、駐在さんのアクロバティックなダンスも見られる。ただし、場所取りを失敗してしまうとなにが起こっているのかまったくわからない。
私は完全に失敗してしまったので、前の人がスマホで撮影している動画をながめて事態を把握していた。

参加者にはQRコードが配られる。そこからヒントを受け取れる仕組みだ。じゃんじゃん使ってOKということだったので、甘えることにした。
さっそく謎をときに向かう。

しかし、いつもこういったときに引っ張ってくれる鳥村さんが、今日はなんだか調子が出ない。すぐヒントは?と言うだけでなく、自分のスマホを使ってヒントを見ようともせず、私にさせようとする。自分の使え!

ただでさえ、やたら配られるものが多いイベントなのだ。ポイント地点で2~3枚は紙ものが配布され、もうこれは使わないだろうと思ったアイテムを忘れたころに使う必要が出てきたりするのである。
右手に資料とペン、左手にスマホで、暗い遊園地を歩くのは大変である。
千手観音くらい手があれば……。
でもそんなに手があったら、すっごい早さでハンドクリームなくなりそう。

というくだらないことを考えている間にも、制限時間が迫っている。答えを書き込む暇も惜しいほどだ。
バインダーを持っていなかったことを後悔する。
雨がひどかったせいで、机代わりに使えたであろうベンチがびっしょびしょだったのだ。
すべりやすいので、転ぶ人もいた。

よくわからない虫も飛んでくるし、でかい蜘蛛の巣に行く手を阻まれるし、ここは無理に謎を追いかけず、命大事に行こうと思う。
こんなに人がいるんだ、私以外の誰かが謎を解くさ。

それにしても、普段から覇気のない私からすれば、ずっと冴えていた。鳥村さんが解けなかった謎をいくつも解いてしまったのだ。
やはり最近、好んでミステリー小説を読んでいるのがきいているな。歴代の名探偵の軌跡をたどるうちに、私までも名探偵になってきたというわけだ。
(おそらく完全なる勘違いで、たぶん行きにわけのわからんハイキングをしたおかげで脳がアドレナリンを出していたのだと思う)

しかし、そんなスマートな私の力をもってしても、最後の謎にたどりついたときは終了5分前だった。うーん、くやしい!
でも、あちこち歩き回れたし、ちょっと笑っちゃうような肩の力が抜ける謎もあって、総じて面白かった。
夜の遊園地のシチュエーションそのものもわくわくする。
次はもうちょっと涼しいときにやってくれたら、行くかもしれない。

イベント終了時にはもう体中の水分がしぼりとられたのかというほどに乾いており、遊園地についてからイベント終了まで、一度もお手洗いを必要としなかった。すべて蒸発して出すものはなにもなかったのだ。不快な蒸し暑さで、花火を見てもどこかだるい。

だいぶ危険な状態だなと思ったので、「この後飲みに行かない?」という元気な鳥村さんの誘いを断った。せっかく誘ってくれたのに申し訳ない。
とくだん嫌な顔もせず「君はそうした方がいいかもね」と答えてくれた鳥村さんの懐の広さに感謝する。

自分の限界を知ったおかげか、今回は体調を崩さなかった。
だんだん自分の体との付き合い方を学んできたかもしれない。
しかし今回の謎解きは波乱万丈だった。ミステリーとはそういうものだろう。
電車は復旧しており、安心して帰宅した。一件落着ということで、帰宅してそうそう、汗でべたべたの体をどうにかすべく、風呂場に直行したのであった。

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