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驚愕の事実に驚愕せよ(1293字)


「明日の昼前に遊びに行くね」
 深夜に一通のメールが届いた。
 誰だかわからない。その証拠に、送り主に名前が割り振られていない。メールアドレスからも近しい友人を連想できなかった。
「わかった」と返して私は電気を消した。

 目覚めたのは昼過ぎだった。
 昼過ぎまで目覚めなかったということは、誰も来なかったのだ。連絡も来ていない。
 朝と昼を兼ねた中途半端なボリュームの食事をとって、仕事に取り掛かる。ダラダラとパソコンに向き合っているうちに、メールのことは忘れていた。
 腹が減って夕食をとり、風呂に入り、テレビを見ながら眠りに落ちた。

 チャイムの音で目が覚めた。昼前だった。
「きたよー」と男の声。カメラに映るその顔には見覚えがない。オートロックの解錠ボタンを押して、彼を待った。
 程なくして再びチャイムが鳴ったので、ソファから立ち上がり玄関へ向かう。
 力を込めてドアを押し開ける。内圧が抜けて「びゅう」と音が鳴る。知らない男と対面する。
「昨日来るんじゃなかったのか」
 私が言うと、
「明日って言ったじゃないか」と男は返した。
 目玉だけを上に向けて考える。なるほど、深夜で日付を跨いでいたから、明日というのはつまり今日のことだったのか、と合点がいった。

 男を招き入れてから、私は身なりを整えた。顔を洗い、寝癖を寝かしつけて、服を着替える。その間、男はラグの上に寝転んで本棚のマンガを読んでいた。
「じゃあ、出かけよっか」
 ひとしきり整った私を見て、男は言った。私たちは部屋を出た。

 家の裏手の河川敷を、並んで歩く。理由もなく涙が流れた。
「僕は君のことを何も知らない」
 頬を濡らす私を見て、彼は言った。
「秋の花粉症じゃないか」
 二人して耳鼻咽喉科に行くと、診断するには検査が必要で結果が出るまでさらに数日かかると言われた。

 一時間弱で会計まで終えて、国道沿いの道を歩いた。
「君、杉本君かい」
 小学生の頃を思い出した。杉本君は低学年の内にどこかへ転校していってしまった。よくミニ四駆で遊んだ。
「そうだよ」
 杉本君は頷いた。

 帰宅して、小学校の卒業アルバムを見返した。
 杉本君はいなかった。途中で転校してしまった彼は、杉本君ではなくて杉山君だった。
 電気を消して、ベッドで横になる。「杉本君はいなかった」と呟いた。
 杉本君、君は一体誰なんだ。
「俺って、そういうところあるよな」隣で杉本君が言った。
 名前に「杉」が付く人間は、その共存関係が遺伝子に組み込まれているおかげで花粉症になりにくいんじゃないかという持論を語ってから、杉本君は眠りについた。

「やっぱり僕は君のことを知らない」朝食をとりながら言った。「君は誰なんだい」
「知らないことを誇るなよ」杉本君は言った。「知らないということを知った、その先が重要だ」
 彼がそう言うので、私は図書館で杉本君のことをたくさん調べた。
 私の横で動物図鑑を読んでいた杉本君が、ぼそりと呟いた。恐らく口に出したことに自分でも気が付いていないだろう。それくらい小さな声だった。だけど私は聞き逃さなかった。
「サングラス……かけてないのか……?」
 杉本君はもぐらのページを見ていた。

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