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教育こそ学び (701字)

「どうしたら涙を流さずに済むの」
 と息子の声。手には玉葱。
 後ろ向きに走りながら切りなさい、と教える。
 小学校で使っている首掛けの画板を出してきて、後ろ向きに走りながら玉葱を切る息子。
 壁にぶつかり、ローテーブルにこかされ、みじん切った玉葱はフローリングに散らばった。

「狭いよ」
 と息子。
 外でやりなさい、と教える。
 玄関を出ると、庭先を後ろ走りでぐるぐる回りながら玉葱を切る息子。
 調子よく切っていたかと思いきや、数周するとぽろぽろと落涙。プランターに足をとられ再び転がる。

「追いついちゃうよ」
 と息子。一周して涙の場所に戻ってきてしまうと。
 日本一長い直線道路沿いを真っ直ぐ後ろ向きに走りながら切りなさい、と教える。
 北海道行きの航空券をポケットに収め、飛び出していく息子。
 三日ほど経ってから、パトカーに乗せられ返ってきた。

「こうなったよ」
 と息子。後部座席に散らばったみじん切り。切りかけでまだ半分残った玉葱。
 シャワーを浴びながら切りなさい、と警官。
 全裸になってシャワーを浴びながら玉葱を切る息子。
 目元を流れる水は果たして涙ではないのかと議論する警官と私。

「いいかげんにしなさい」
 と妻。ぼかりぼかりと私たちをげんこつでしつけて、玉葱を手にキッチンへ。
 目を閉じて息を止めて切るのよ、と教える妻。
 長年の経験で得た見事な包丁捌きを見せる。小気味の良い音を響かせ玉葱どころか第二関節まで。
 コンソメスープなのかミネストローネなのかと赤いスープを前に議論する警官と私。

「先に泣いてから玉葱を切ればバレないかもしれない」
 と息子。
 目から鱗を流す私たち。
「それは魚の鱗?」
 止まぬ息子の探求心。




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