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当時の音声データから読み解く江戸時代

「やったり」という妖怪をご存知でしょうか。
 昔話や娯楽作品にもあまり登場することがないので、広く知られた存在ではないでしょう。
 子供の姿をしており、宿屋の宿帳を濡らすだとか、家の障子を破るだとか、根も葉もない噂話を流すだとか、しようもないいたずらをするような妖怪として識者の間では知られた存在です。
「してやったり」だとか、「はったり」の語源となっている妖怪です。
 大概の妖怪や怪談が何かしらの誤解や話の尾ひれから生まれるように、この「やったり」にも由来となる人物がいました。

 遡ること約二百年。文政という年号の時代です。江戸時代と言えばわかりやすいでしょう。
 今でいうところの栃木にある城の城主の息子に、弥太郎というものがおりました。
 弥太郎は大層な悪たれっ子で、城の者も城下町の者も、みな手を焼いておりました。
 ある日のことです。弥太郎は城を抜け出し、城下の路地をあてもなく歩いておりました。ふと通りすがった米屋の表で、弥太郎の目に留まったのは荷車。当時は大八車と呼ばれていたものです。
 弥太郎はこの荷車の車輪の外側に、城からくすねてきたじょうをかけてしまいました。

 何俵も米俵を乗せた荷車ですから、錠が地面にぶつかると上手く動きません。
 数人がかりでぜえぜえ喘ぎながら車を押したのですが、先に音を上げたのは車の方でした。車輪が折れてしまったのです。
 いつもでしたら我関せずの城主でしたが、その米俵が城への献上品であったので、弥太郎は天守の大柱に括り付けられて折檻を受けました。

「いつまで阿保をやっとるか」
 城主は警策きょうさく(座禅の際に坊主が肩を叩くときに使う棒です)で弥太郎の手足を叩きます。
「馬鹿殿と侮蔑されることをわかっておるか」
 顔を真っ赤にして、弥太郎は喚きます。
「Don’t teach your grandmother to suck eggs!」
 その時の音声データが残っているのですが、これがまたなんともネイティブな発音だったのが印象的です。

 ようやく緊縛から解かれた弥太郎は、手足を真っ赤にして大奥に向かいます。
 弥太郎の姿を目にした奥方様は、彼に膝枕をしながら言いました。
「菓子をやるから、悪戯はよしなさい」
 それから自らの乳を搾ると、軟膏と混ぜ、彼の身体に塗り付けてあげました。
 それが今でいうところの「乳液」の始まりです。



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