読書感想 検証 ナチスは「良いこと」もしたのか

小野田拓也、田野大輔著
岩波ブックレット、2023年7月

 第二次世界大戦を引き起こし、悪の権化として知られるナチスドイツ。本書では「そんなナチスでも良いことをしていた」という主張に対して歴史学のアプローチから検証することを目指して記された。構成としては、よく「良いこと」として挙げられる経済、労働者、家族支援、環境保護、健康政策に対して、歴史学的なアプローチから各政策のオリジナリティ、目的、結果を精査しその政策が本当に「良いこと」だったのかを検証している。
 
 本の内容自体は当時の政治、社会的な情勢を元に「なぜ?」を説明し、結局はあまり上記の政策は一般的に主張されている「良いこと」とは程遠い内容であったことを裏付けており、理解をしやすく、興味深い内容だった。
 一方で、1箇所だけ納得ができない部分があった。それは、「おわりに」の部分に書かれていたナチスが良いことをしたと主張する理由を近年のポリコレへの反駁であると分析している内容である。私自身本書を読む前は「ナチスは良いこともした」という主張を信じていたが、これの背景には恐らく中高での歴史教育があると思う。私の通っていた中高の社会科教員は確実に左翼的な思想を持っており、どう考えてもポリコレへの反駁などを考えるような教員ではなかったが、彼らからナチスのやったことには一部良いこともあったという内容があったと記憶している。
 教員のこの主張の背景には「ナチスはドイツ国民から熱狂的な支持を得たが、それらの背景にはこれらのドイツ国民にとって利益のある政策があったからである」という意味があったのではないかと思う。こうした言説は、なんとなくの記憶なのだが、NHKの「映像の世紀」のヒトラーの回でもあったように記憶している。なので、あくまで政治的な主張を含むというよりかは、「なぜドイツ人が今では誰が見ても悪だと思うナチスを支持したのか」というものを大衆目線でわかりやすく理解するために「ナチスは良いこともした」言説が行われているケースもあると私は考える。そもそも本書において、「ドイツ人がナチスに熱狂していた」という言説自体が否定されているが、そのような歴史、社会情勢などを分析する時間などがない中で、大衆から理解されやすいデフォルメされた言説として「ナチスは良いこともした」言説も存在していると分析する。
 尚、このデフォルメされた主張に対して、本書のような歴史学のアプローチを行って検証を行うこと自体が、歴史学の重要性を世間に対して示す一つのアプローチになっちえると考える。なので、本書はそもそもその検証結果自体を理解することに加えて、歴史学のもつ現代人から見るとわかりにくい事象を当時に置き換えて分析を行うといった、垂直的なアプローチの活用の仕方を示す本としても非常に勉強になる本であると感じた。

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