【小説】 変える、変われる。 : 47
事務所に戻って来て、経緯を所長と玉ちゃんに話した。
「本当にそんな感じに言ったの?」
所長は朝と打って変わったズーンとした雰囲気に。
「私はナイスファイトだと思う。何なら私があいつらに言いたかったことだけに。ただ、、これからあいつらがどうかなぁ。。。」
玉ちゃんも一瞬ズーンとしたけど、こう言ってくれた。
「もう言ってしまったことだから、仕方ないかな。仕事は仕事だから、そこはしっかりやって行こう。取り合えず、書類の受取とかは玉ちゃんが『いますぐ』に行くことにしてもらおうか。ちょっと様子を見よう。」
「きむちゃんは全然悪くないけど、あいつらやることがおかしいから。」
「すいません。。」
「きむちゃん、案外と男気があるんだね。そんなにグイっと前に出るとはねぇ・・」
所長が不思議そうに呟いた。
仕事自体は自分が処理をしているけど、『いますぐ』の連絡や訪問は玉ちゃんが行ってくれる。
「すいません、仕事増やしちゃいましたね。」
「良いのよ、今回のきむちゃんには震えたねぇ。仕事は置いといて、あんたイイ男だよ。あと20年若かったら、あたしゃ行ってたね。さあ、これをお食べなさい。」
九州銘菓の「通りもん」をぐいぐい勧めて来てくれた、美味しいよね、「通りもん」。。
玉ちゃん、20年前なら来てたのね、そして、どうでも良いけどいくつなんだろう・・。
特に問題が起こることも無く、三田村さんから何か連絡が入るで無くでしばらく経った。
駅のホームで電車を待っていたら、能面が後からやって来た。
急行電車が入って来て、能面がカバンから本を出した時に何か紙切れを落とした。
自分にも紙切れにも気づかないで、能面はそのまま電車に乗車してしまった。
タタっと走って行って紙切れを拾った瞬間に「扉が閉まります」とアナウンスが流れた。
さらに横っ飛びにダッシュして閉まりかけた電車に飛び乗ったら、「駆け込み乗車はお止めください」と言われてしまった。
一瞬車内の視線を感じたけど、ドアの方を向いてやり過ごした。
挟まれなくて良かった、もっと恥ずかしいことになったかも、ホっと胸を撫でおろした。
拾った紙切れを開くと聞いたことのある機構への振込の領収書だった。
何だっけこれ・・、奨学金?
ドアの窓に反射して誰かが移動してくる様子が映っていて、能面がこっちに来ているのが見えた。
ススっと横に来たので「これ、落としてました。」と言って渡した。
「あ、、有難うございます。」
嬉しそうに能面が領収書を受け取った。
「急行電車だったのに、すいません。。」
あ、そうだった、急行電車だった!
「大丈夫です、乗り換えれば良いですし。」
「あの、、ご担当は変更になったんでしょうか? こないだのことで何かあったんでしょうか?」
能面が前のめりに聞いてくる。
そういえば、玉ちゃんホットラインは大正琴コンサート以降は不通の様子。
「・・自分もちょっと忙しくなって来たもので、玉田に連絡等をお願いしているんです。仕事の処理は自分がさせて頂いてます。」
とっさの割に珍しくナイスな返しが出来た。
全部ウソって訳でも無いのがスラスラっと上手く言えたところか。
「そうですか。。」
「それ、ちょっと見てしまいました、すいません。」
領収書に興味があったので、ちょっとだけ話を振ってみた。
見たことを嫌がられるだろうし、まあ、詳細も言わないでしょうけど。
「これ・・、大学の時の奨学金の返済です。領収書保管しないといけないので、助かりました。」
あらま・・、ドンピシャで嫌なことを聞いてしまった、答えにくいことを申し訳無い。。
「ご自身のですか・・?」
「はい。大学の方から給付も頂けたんですけど、足りない部分は利用させて頂いていて。。」
「そうでしたか。ちゃんとご自身で返済を。大変ですね。。」
給付される位に成績が良くて、真面目に返済をコツコツと・・。
見た目の華やかさはそういえば顔ぐらいで、大正琴の時も服装は確かに普通っぽかったし、仕事で会うときもずーっとリクルートスーツ風だ。
玉ちゃんが能面が仕事を辞めないのは事情があるって言っていたのは、この辺りに理由があるんだろう。
「ご実家ですか、S駅?」
何となく聞いただけだった。
「・・・」
奨学金とか割とイヤな話も普通に答えてくれていた能面が、ピタっと黙った。
S駅に到着するアナウンスが流れるまで、ずーーっと黙ったままだった。
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