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自分も他人も傷つけてしまう、ぼくの中にあるバイアスと戦っていきたい

最近、ぼくの価値観は「フェミニスト」に近いものなんだろうなあという気持ちが強くなっています。

フェミニストという言葉には色々な定義がありますが、ここではTEDtalkでも話題になったチママンダさんの定義で使っています。

男性であれ女性であれ、「そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」という人
『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』|チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

自分のことをフェミニストに近い価値観を持っていると言うことは、ぼくにとってとても勇気がいること

それは、とても残念で悔しいけれど、ぼく自身の中にも無意識に刷り込まれたジェンダーに関する価値観やバイアスによって、性別による格差を広げてしまっているときがあると思うからです

でも、ぼく自身の価値観やバイアスはぼく自身も他人も傷つけうるものだから、少しずつでも変えていきたい、戦いたいと思い、このnoteを書いています。

(ちょっと補足です)
基本的にぼくは男女差別や性別による格差が存在するという前提でこの文章を書いていますが、そこにも様々な意見はあるのかもしれません。
個人的には、差別されている・格差があると感じている人がいるならそれは存在するのだと思い、この立場を取っています。

マジョリティは、自分の持つ特権に気づきにくい

ぼくが性別による差別や格差に自覚的になったのは、とある大学の授業がきっかけでした。(かなり昔のことなので言葉の表現は一部正確ではないかもしれませんが、ご容赦ください。)

授業の名前は「特権の心理学」。

なんとなーく「多様性」みたいなものに関心があり、また心理学に興味を持ち始めたタイミングであったため、受けてみることにしました。

初回の授業の冒頭。コの字型に机が二列並んだ教室の真ん中に段ボール箱を置き、白い紙を1人1枚配って、先生は言いました。

「最初にちょっとゲームをします。みんなもらった紙を丸めて、段ボール目掛けて投げてください。うまく箱に入れられた人には、ちょっとしたプレゼントをお渡しします」

たまたま一列目、段ボール箱に近い座席に座っていたぼくは、負けず嫌いな気持ち精神を発揮し、一生懸命狙って丸めた紙を段ボール狙って投げ込みました。(入りませんでした)

他の学生も同じように、段ボールを狙って紙を投げ込んでいました。

「入った!」「入らなかった!」がひとしきり終わったのち、先生は言いました。

「今のゲームの中で、一列目に座っていたみなさんは、どうやったら箱に紙をいられれるかに必死だったかと思います。でも二列目に座っていたみなさんは、どうしても一列目に座っている人が視界に入り、少なからず『一列目に座っている人はずるいなあ』という気持ちを持ったのではないでしょうか」
「社会の中で、マジョリティと呼ばれる側は、マイノリティの側が持っていない特権を持っています。そして多くの場合、特権を持っている側は自分の特権を自覚できません。一方、特権を持っていない側からは、特権はわかりやすく見えてしまうものなのです」

たしかにぼくはそのとき、「自分がどうしたら丸めた紙を箱に入れられるか」だけに集中していました。自分の後ろにいる不利な人たちのことが全く頭に浮かばなかったわけではありませんが、すぐに意識は自分に向いてしまいました。

特権という言葉は少し強いですが、自分が無自覚に・当たり前に享受しているものは、他の人にとって当たり前に得られるものではないのかもしれないと気づくきっかけになりました。

ぼくの中にも存在するバイアス

ぼくの中にも確実に性別に対するバイアスやステレオタイプ的な価値観が存在します

認めるのはとても怖いですが、時にその存在を感じずにはいられません。

例えば、同じように論理的で仕事に対してストイック振る舞いをしていても、それが男性だと頼もしさを感じる一方で、女性の場合は少し怖いなという気持ちを持ってしまったり。

男性ばかりが写っている国会や、社会的に重要な会議の写真を、違和感なく受け入れてしまったり。

自覚できているもの・できていないもの含めて、数えていけばキリがないのだと思います。

ぼくのバイアスや価値観は、誰かを傷つけうるものだと感じています。

ぼく自身も、自分のバイアスによって苦しめられている

また他人だけでなくに、自分自身が持っている性別や性役割に対する刷り込みやバイアスによってぼく自身も苦しめられています。

例えば、ぼくが持っているプライドの高さや、人に頼れない、人にできないと思われたくないという価値観。

ぼくの特性による部分もあるのでしょうが、ステレオタイプ的な性役割に縛られてしまって生まれている部分もあると思います。

あるいは、男性がぬいぐるみを持っているのは恥ずかしいみたいな価値観。例えば、我が家にはミッフィーの可愛いぬいぐるみがあるのですが、買う時に「男性の部屋にミッフィーのぬいぐるみがあるのってどうなんだろう」とめちゃくちゃ迷ってしまったんです。

ぼくの中にあるバイアスやステレオタイプ的な価値観は、他人も自分も傷つけてしまうものなんだと思っています。

ポジションを明確にして、小さくてもアクションをしたい

ぼくはそんな、自分のなかのバイアスと戦いたいと思っています。それによって他人も自分も、もっと生きやすくなるといい。

幸いにも、ぼくの周りには心から尊敬できるフェミニストの友達がたくさんいます

彼ら・彼女らの言動と自分を照らし合わせていくことで、自分の無意識に自覚的になり、少しずつチューニングしていきたいです。

このnoteもその一つ。まだまだ思慮も浅く勇気も足りず、ぼくにできることは多くないですが、小さくてもできることから始めたい。

「そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」

そう思います。

Twitterもやってます。

写真は、オランダのフェスでの一枚。noteを書いていて、なんとなくこの写真のようなイメージが浮かびました。

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