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音、愛してるよ

ねえ、音。
マイクを通してヘッドホンから聞こえる声を聞いたあの日、私は君に一目惚れしたんだよ。
ふつうに耳で聴く声と全然ちがった君が大好きになったの。
その一瞬で、私は君と共に生きることを選んだんだよ。急だったから自分でもびっくりした。

それからの私は、「人の声」な君がどんな君より好きだったんだ。


この8年、毎日毎日、君のことばっかり考えて生きてたよ。
死にたくなっても君のことが惜しかったから生きたし、君と離れることを考えたら胸が締め付けられたから続けたし、大好きな君の姿を追って、色んなところに飛び込みながら自分の生きたい道を決めたんだ。

特にね、理想の君をつくれるミキサーさんに会いに行った時はしあわせでたまらなかったよ。
その人がつくる君は、本当に心臓があるような、心があるような姿をしているの。すごいんだよ。
その感覚はあんまり共感を得られなかったけど、私だけがわかる君みたいでちょっとうれしかった。
あの人のつくる君が、一番好きだよ。


でも、この前の夏に聴いたその人の君は、なんだかいつもと違ったね。
ほんとうにその人が作ったのかな?って思うような、なんだかいつもより人間味のない、立体感のない君だった。

2、3年待ち望んだ君の姿だったから、ちょっと寂しかったよ。
この前、その映画の内情を知ってる人から話を聞いたけど、やむを得ないことがあったみたいだね。
仕方ないけど、次はいつ、あの君に会えるのかな。
ひょっとしたらもう、君があの君になれると約束されたものはないのかもしれないね。
...さみしいな。


そんなことがあって、私は自分でその君をつくれるようになろうかとも思ったんだけど、私の理想はそこじゃないってことを逆に確信してしまったんだよね。

私はね、色んな君をつくる人たちの横で、その人たちが君に集中できる環境を作る人になりたかったの。
ちょっと前から「環境を作る人」になりたいなぁと思ってたから、会社にも伝えてみたり、外部の人に必要かどうか聞いたりしてみたんだけど、「必要ない、1人でできる」って言われちゃった。
まあそうだよ、会社的にはお金を生まない人はあまり持ちたくないものね。

1人でできるって言い方をするとちょっと語弊があるけど、私のいる短編の業界だと必要ないってことで、映画とかアニメとかなら需要があるお仕事なんだよね。
でもね、私はもう映画とかアニメの世界には戻りたくなかったからね、これまでの経験的に。


だからね、もう、君のことだけを考える生活は終わることにしたの。
私の理想は、私が実現させたい世界じゃ叶えられないし、ほかの世界に移る勇気も持てなかったから。


諦めちゃったよ。


でもね、音。愛してるよ。
誰よりも何よりも、君を愛してるよ。

毎日たのしかった。
君のことを考えてる私は、どんなことをするよりも生き生きしてて、うれしくなったり苦しくなったり悲しくなったり、いちばん人間らしかったと思う。

君が私のほっぺたを撫でるのが、すごく好きだったの。
ほっぺたを撫でる力を君に持たせられる人が私にとっての「すごい人」だったくらい、君がすべての中心だったんだよ。知ってるだろうけど。


3年前、アニメの世界から今の世界に飛び込んだけど、あのままアニメの世界にいたらよかったかな。
大学生の時に勧められたまま、映画の世界にいたらよかったかな。

そしたらきっと、私は君とずっといられたのかな。

いられたかな、どうかな。
君のことが嫌いになっちゃってたかな。


君のこと嫌いになったら、私はどうやって生きていたんだろうね。
嫌いになれるのかな、なれなさそうだよね。
たぶん、音のお仕事をしてる人の中で、私がいちばん君のことを愛してると思うよ。

大げさじゃないよ。
君のことを思って泣けるのは私くらいだと思うもの。
音楽な君はちょっと自信ないけど、声な君は私がいちばんだと思うよ!

...機材のこととかパソコンのことは苦手だったけどね。


音。

いままでありがとう。
君と過ごさなくなっても、私のいちばんは音だよ。


ずっとずっと、愛してるよ。



たのしく生きます