見出し画像

DXと抽象化

こんにちは、武内です。先日のnoteで書いたSmartHRグループでの新規事業の方はまだまだ共有できるような進捗内容はありませんが、もし構想通りのものが実現すればバックオフィスの仕事の仕方を大きく変えることができるのではないか、と思っておりまして、そういう未来を妄想しながらいいプロダクトを作れるように引き続きがんばっていきます。

さて、本日のnoteでは、「DXの本質はシステムやテクノロジーではなく、思考や仕組みの変革にある」という仮説をより深めるあたり、最近読んだ2冊の本を引き合いにだしながら、真のDXを実現するために必要なことについてお伝えしていきます。

1.DXはバズワードで終わるのか

DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉がバズワードになり、しばらく時間が経ちました。コロナ禍において、ようやくペーパレス化やリモートワーク対応に本格的に動き出したこともあり、「アナログで非効率な仕組みをなんとかしないとヤバい!」という意識が広く共有されたこともあり、なんとなくDX=デジタルで便利にする、みたいな誤変換があちこちで見られますが、それは単なるデジタライゼーションですね。

例えば、最近CMで見かけるシャチハタさんの電子印鑑などはDXではなくデジタライゼーションです。「運用を変えることなくデジタル化できるクラウド型の電子決裁サービスです」という部分にまだまだニーズがあると認識した上で、ソフトランディング戦略として、いつものシャチハタの使い勝手で電子決済・署名ができるというソリューションですね。一定のニーズがあることは理解していますが、これをDX事例などで紹介されることにはちょっと違和感を覚えてしまいます。

なんでもかんでも変えることが正義とは思いませんが、これまでの運用がどうして「絶対正しい」という前提で物事を進めていいのでしょうか。そもそもハンコを押す行為ではなく、承認行為とそのログに意味があり、それがデジタル化したのであれば、デジタルに最適化した運用に変えるべきなのですが、変えるのは億劫ということなのかもしれません。

そういうマインドでいる限り、DXはバズワードで終わるでしょう。バズワードを活用して製品を押し売りする方も問題ですが、様々なコンサルティングを行った経験上は、「今の運用をそのまま新システムでもできるようにしてくれ」という要求を平気でしてくるユーザーにこそ問題があるのだと思います。

経産省のDXレポート2でもハッキリと「レガシー企業文化からの脱却」こそDXへのカギだと書かれています。SaaSを1つ導入してポンと実現するようなものではなく、自分たちの過去のやり方にしがみつくその意識や組織文化こそ問題であるということです。

スクリーンショット 2021-04-13 10.49.41

変革は痛みをともないますし、大変です。だからこそ「これを入れればDXできます」というDX詐欺にコロッと騙されてしまうのでしょう。しかし、本当に向き合うべきは目先のシステムを導入ではなく、自社の企業文化や業務プロセスの根本的な見直しなのです。これまでいかに無駄で非効率なことをしてきたか、ということに徹底的に向き合って、それらをひとつずつ整備していくことでしか実現しないのがDXなのです。お手軽にDXを実現するなどという幻想は捨てましょう。

DXという言葉がバズったのは最近ですが、何も目新しいことはなく、テクノロジーをきちんと活用して効率化して、最適化しよう、というだけの話です。テクノロジーの活用と運用の変更については、『ザ・ゴール』シリーズの3冊目『チェンジ・ザ・ルール』でもメインテーマとして取り上げられています。

新しいテクノロジーを導入するということは、それまでそこに限界が存在していたことを意味する。その限界と長い間、共存してきたということだよ。どうやって共存してきたのかだが、わかるかい。限界の存在を認識したら、それに合わせて習慣、評価尺度、ルールなどを作ってきたはずだ
テクノロジーというのは必要条件ではあるが、それだけでは十分ではないんだ。新しいテクノロジーをインストールして、そのメリットを享受するには、それまでの限界を前提にしたルールも変えなければいけない。
真のメリットを享受するには、同時にルールを変えなければいけません。長年にわたって行動パターン、カルチャーなどとして形成されてきたルールです。

もう20年も前に発行された本で「テクノロジーを導入するだけでは十分ではない」とハッキリ書かれているにもかかわらず、いまだにDXをシステム導入だけで実現すると思い込むなんて、本当に進歩がないということですね。

2.具体と抽象

では、DXができない組織は何が足りないのか。それはいわゆる「抽象化して理解する」能力です。システム導入の現場で「うちは特殊なので、その機能では足りない」ということをおっしゃる方がいらっしゃるのですが、話を聞いて見ると実務の枝葉の話をしていて、全体としての流れ、つまり幹として抽象化できていないんですよね。

また、前述の通り「今の運用が正しい」という不思議な自信(?)があるので、それを変えないことが前提なので「このシステムでは機能が足りない」ということになってしまうのでしょう。

『具体と抽象』という本の一部を引用します。

抽象化とは一言で表現すれば、「枝葉を切り捨てて幹を見ること」といえます。文字どおり、「特徴を抽出する」ということです。要は、さまざまな特徴や属性を持つ現実の事象のなかから、他のものと共通の特徴を抜き出して、ひとまとめにして扱うということです。  裏を返せば、共通の特徴とは関係のない他の特徴はすべて捨て去ることを意味します。先の言葉でいえば、「共通の特徴」が幹、「それ以外の特徴」が枝葉ということになります。
抽象化の最大のメリットとは何でしょうか?  それは、複数のものを共通の特徴を以てグルーピングして「同じ」と見なすことで、一つの事象における学びを他の場面でも適用することが可能になることです。つまり「一を聞いて十を知る」(実際には、十どころか百万でも可能)です。  抽象化とは複数の事象の間に法則を見つける「パターン認識」の能力ともいえます。身の回りのものにパターンを見つけ、それに名前をつけ、法則として複数場面に活用する。これが抽象化による人間の知能のすごさといってよいでしょう。  
高い抽象レベルの視点を持っている人ほど、一見異なる事象が「同じ」に見え、抽象度が低い視点の人ほどすべてが「違って」見えます。したがって抽象化して考えるためにはまず、「共通点はないか」と考えてみることが重要です。当然ここでいう共通点は「抽象度の高い共通点」です。  このような思考回路の障害になるものは何でしょうか?   その最大のものは、「自分だけが特別である」「自分の仕事や組織や業界が特殊である」という考えです。人間は他人の成功例や失敗例を見ても「あれは自分とは違うから……」と考えがちで、他人に自分の話を一般化されることを嫌う傾向があるようです。

日本の現場力とは、ものすごく「具体的な課題」を解くことで培われてきたものですが、目の前の課題に向き合いすぎるが故に、そこから一歩引いて抽象化することが苦手なようです。

1つ1つの業務プロセスがすべて個別化して考えてしまうと、いつまで経っても「最適なSaaS」など選定できません。自分たちの運用をすべてカバーできるのはフルスクラッチで個別開発したシステムだけということになってしまいます。

しかし、業務プロセスを俯瞰的にみて、抽象化し、幹の部分を抽出し、一部を例外処理として整理することによって、メインの業務プロセスをSaaSを活用して実現することが可能になります。もちろん、それに応じて運用を変えていく前提です。

DXにおいて重要なのはAIやブロックチェーンの仕組みを理解することではなく、抽象化して整理する能力なのです。

3.点から線、線から面へ

日本企業の弱みは、抽象化能力に欠けていることである、ということを具体的な事例などを交えて説明してくれる良書が『DXの思考法』です。レイヤー構造、アーキテクチャーなどの専門用語も登場しますが、極めて分かりやすく解説されていますので、非IT部門の人にこそ読んで欲しい内容です。逆に、この内容を理解できないのであれば、DXなど夢のまた夢でしょう。

業務とは様々な処理が繋がることで1つのプロセスを構築しています。1つ1つの処理にばかり目がいきすぎるとしか見えないですが、それを、そして全体ので捉えてこそ正しい理解が可能です。つまりは具体から抽象へということなのですが、課題を具体化しすぎずにそこから要素を抽出し、抽象化することの重要性はデジタル化が進むほどに重要になってきます。本書からいくつか引用します。

デジタル化は何を問うているのか。上記で振り返ったデジタル革命史からわかるように、コンピュータ、人工知能の発達を含むデジタル化の歴史は、最も広く言えば、人類の課題を解く共通の解法を探究し、創造する、ということだといえる。当たり前のことだが、「数学の問題」に国籍、業種、企業による差はない。それが「一つのやり方で全て解けるかもしれない」というチャレンジを可能にしている。
もちろん先んじて言えば、「全てが一つのやり方で解ける」ということはおそらく原理的にあり得ない。どこまでいっても課題に応じた特殊性が何か残るだろう。しかし、デジタル化の前後、ビフォアデジタルとアフターデジタルを比較していえることは、汎用的なアプローチで解ける範囲が拡大している、ということである。
あなたのビジネスを組み立てるために埋めなければならない本棚があるとすれば、自分で文書を作り書類ファイルを作成せずとも、本屋に行って本を買えば、かなりを埋めることが出来るようになった、ということだ。  そうなると、自分であれこれ考えるよりも、本屋に並んでいる本を見て外部環境を棚卸しした方が良い。直接の動機は別として、ネットフリックスが実行したのはそういうことだ。
「本屋の本棚にある本」という言葉で喩えているのは、デジタル的な機能の多くが、プロダクトあるいはユーティリティとして提供されている状態を指している(本書では簡便化のためにこれらを合わせて「プロダクト」と呼ぶ)。
それは肝要なのは、データをいじることではなく、対象になっている世界をパターンの組み合わせで理解してみる、ということだ。デジタル化やビッグデータは、それを手伝うための道具である。そしてそのような理解をすることで、フィジカルな対象を横切って捉え、さらには、サイバー空間の中での経験も含めて、サイバーとフィジカルの間をも跨いで、横につなぐことができる。そう考えれば、UXの話も、ダイセルのケースも、実は同じロジックの応用なのだ、ということに気づくはずだ。第4次産業革命は、製造業かどうかなど業種を問わない一つのロジックで語ることができるのである。 もしDX力というものがあるとしたら、それはこのロジックを身につけることである。そして、サイバーとフィジカルの間を行き来することで強みを発揮するのが、日本の企業人が目指す道だとするなら、この垣根を越えてパターンを見出す力こそ、最も身につけなければならないロジックであり、スキルだということになる。

DX人材という言葉がありますが、本来求められているのは単にITリテラシーが高くて現場の運用にも詳しい人、ではなく、具体的な課題から要素を抽出して抽象化する能力に長けている人なのかもしれません。もちろん、現場の知識はあるに超したことはありませんが。

テクノロジーを活用して課題解決をしようとする際には抽象化が欠かせない。それを行わずに具体的な課題に向き合いすぎるから、いつまでたっても「今のやり方」から抜け出せないのです。

テクノロジーは進歩して、画像認識や自動処理などのスピード・精度はどんどんあがっていきます。しかしDXにおいて本当に重要なのはそういう個別具体的なの話ではなく、全体の業務プロセスという面をテクノロジーを活用した形に変革(トランスフォーメーション)できるかどうかという部分です。

特にバックオフィスにおいては、紙やハンコの存在によってアナログに処理せざるを得なかった業務が大量にありました。コロナ禍においてこれが一気にデジタル化にシフトする中で、単に「仕事が楽になる(早くなる)」ということだけでなく、そこで生まれた時間やリソースを使って、真の課題を抽出し、それを解決するためのソリューションを考えるというところまでやらなければなりません。

システムを導入することで人件費を減らす、などという発想ではいつまで経ってもDXなどできるはずありません。人間がやる必要がない単純作業はどんどんテクノロジーで代替されていくべきですが、業務はそれだけで完結するほど単純なものではないはずです。

全体最適を考える、パワフルなソリューションを考える、いずれにしても抽象化することの重要性が増していることに間違いはありません。

様々なシステムの機能比較をしたり、新機能に一喜一憂する前に、まずは自分たちの業務プロセスから要素を抽出し、パターン認識を行い、シンプルで強力な一手を考えることに向き合ってみてはいかがでしょうか。


ノートの内容が気に入った、ためになったと思ったらサポートいただけると大変嬉しいです。サポートいただいた分はインプット(主に書籍代やセミナー代)に使います。