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freeeの「取引」とはなにか

こんにちは、武内です。
freee"マジカチ”meetupのMAJIKACHI JAPAN TOUR2022でLTをしてきました。

freeeをfreeeたらしめている独自性のひとつが「取引」という他の会計ソフトにはない概念です。慣れてしまえば、他の会計ソフトでの処理が面倒に感じるほど便利なもの(個人の見解です)ですが、ベテランほどとっつきにくいとも言われています。

freeeについて説明する際は、これまでも繰り返し「取引」について触れてきましたが、今回のLTではもう一度会計の基礎に立ち返って、「取引」とはなにかについて掘り下げてみました。

1.freeeの挑戦の10年

freeeは今年で10周年だそうですが、サービス初期から貫いている「取引」という形式が、このサービスを良い悪いではなく、時に「スキ・キライ」という感情論にもなるほどに、評価を二分してしまっていることも事実です。

freee年表①(マジカチ事務局作成)

こちらに今回のイベントのパネルディスカッションで披露される予定だったfreee年表の一部があります。(当日はスペースの関係で投影はされませんでした。画像はこちらの梶原さんのTweetから引用させていただきました)

私も2013〜2014年ごろに会計freeeを触ったことがありますが、当時は仕訳プレビュー機能もなく、登録する形式(「取引」)と試算表を構成する形式(仕訳)のつながりを確認する手段もなかったため、早々と利用することをやめてしまいました。ターゲットも個人事業主がメインで、記帳を現金主義で行うような層が使うもの、というイメージでした。

その後、2015〜2016年ぐらい再びfreeeを使ってみた際には、だいぶ機能も揃ってきていたので、時間を作ってじっくり触ってみました。そこでようやく「取引」という概念が理解でき、その多くのメリットにも気付きました。

そこから数年、税理士業務や業務設計コンサルティングを通じてfreeeをクライアントさんに対して説明したり、導入支援をしていく過程で蓄積した私なりの解釈をまとめたのが2018年10月の「MFクラウドとfreee」というスライドでした。

今改めて見てみるとだいぶ解像度も粗く、お恥ずかしい部分も多いのですが、freeeの「取引」という概念について、特に債権債務管理におけるメリットについて強調しています。

当時MFが仕訳形式のまま様々なアプローチで債権債務管理をラクにする機能を作ろうとしていましたが、その多くが設定が面倒だったり、実務運用に堪えない仕様だったり、概念的に難解すぎることもあり、ほとんど失敗してしまったことを考えると、freeeの「取引」という概念の強さが良く分かります。

freee年表②(マジカチ事務局作成)

freeeもどんどんアップデートされて機能もユーザーも増え、私もfreee前提でのバックオフィス再構築&運用支援をパッケージ型で行う「Brownies Works」や業務設計を通じて、freeeの「取引」について理解度はかなりあがっていきました。

当初は「freeeはマジでサイコー!」という感じでしたが、いくつかの導入失敗も経験する中で、現場の声に耳を傾け、会計ソフトの選択やバックオフィスの業務プロセスの再構築についても柔軟に考えられるようになってきました。

それらも踏まえて発表したのが「MFクラウドとfreee2021」のスライドでした。

私自身はfreeeの「取引」について非常にポジティブに捉えており、それを活用するためには会社全体の業務プロセスを再構築するべき、というスタンスではありますが、業種・業態・規模によってはそのようなアプローチが取れないケースも当然にあり、かつ、日本の中小企業においてはその割合が決して少なくない、ということです。

ここ数年、30代で地元に帰って家業を継ぐ、という方から相談を何件も受けてきました。彼らは20代の頃には東京のIT企業で働いており、社内の業務プロセスはデジタル化されるのが当たり前の感覚だったのが、家業ではあまりのアナログさに驚愕する(経理が未だに紙とソロバンで行われている、という冗談のような話も・・・)のです。

そのような企業において、freeeの「取引」で処理ができるように社内の業務プロセスを再構築しようとすると、多くの混乱と抵抗勢力を生みます。これまで長く続けてきた仕事のやり方を根本的にアップデートしなければいけない。いわゆる改革を前にして、多くの中小企業では頓挫してしまうのです。

バックオフィスを改善しても(表面的には)売上が増えるわけではありませんので、よほど強い信念を持って臨まなければ改革は道半ばで行き詰まります。また、中小企業の経営者には経理や給与計算、それらに関連する税務についてまったく関心がない方も少なくありません。

そういうケースを考えるに、すべての企業がfreeeを導入するべきだ、という考え方は横暴でしかありません。最近はfreee専門の会計事務所なども増えつつありますが、その所長さんの多くが「freee専門であることを押しつけるのではなく、freee専門であるから選んでいただく」というスタンスを取っているのも、freeeが合う・合わないはどうしても発生するという経験則からくるものなのでしょう。

ここ数年、私自身も新しいプロダクトを開発するために、色々なコンセプトや機能について日々考えていますが、仕訳登録が当たり前の会計ソフトに「取引」という概念を持ち込んだfreeeの経営陣の信念の強さには驚嘆しかありません。

「freeeは使えない」「freeeはキライ」という風にはっきりとアンチを表明される会計人も多くいる中、「取引」という形式を貫き、ここまでのプロダクトに育て上げたfreeeに、私はプロダクトを作る人間の端くれとして大きく尊敬の念を抱いています。

未だにfreeeの「取引」に追従する会計ソフトはありません。それがfreeeのチャレンジの難易度を物語っており、freeeの強さの源泉なのです。

2.簿記一巡と「取引」

だいぶ前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。

これまでもfreeeの「取引」については色々なところで説明してきましたが、今回のLTでは新たに業務プロセスという観点から説明することを試みました。簿記検定などでも出題はされないため、サラッと流している人が多いのですが、非常に重要な「簿記一巡」という概念についてです。

多くの人が会計処理とは「仕訳を登録する」ことだと勘違いしていますが、仕訳は単に認識した取引を登録するための手段であって、本当に重要なのは「取引を認識する」ことの方です。

複式簿記は非常に良く出来た仕組みであり、様々な取引をあのシンプルな形式の中で表現することができる優れたツールです。ですが、万能ではありませんし、仕訳形式にすることでそぎ落とされてしまう情報も多くあります。

そこを補うのがfreeeの「取引」であると私は理解しています(あくまでも私の解釈であり、freeeの開発側に確認したわけではありません)。機能面で解説すると「発生と決済をバンドルする」仕組みなのですが、概念的に捉えると、これまでの会計ソフトがアプローチ出来なかった「取引の認識」をカバーしているとも言えるのです。

当初はかなりしんどかったと思いますが、この「取引」という仕組みを貫いたことで、通常の会計ソフトでは実現し得ない様々なメリットがでてきました。入金・支払管理については様々な場所で解説されているので、このnoteでは外部データの取り込みについて書いていきます。

3.「取引」と外部連携

会計ソフトへ連携する際の唯一にして最大のハードルが振替伝票形式への変換です。例えば、請求書発行システムでは、明細金額と合計金額ぐらいしか保持していませんが、これを会計ソフトに連携する際は借方・貸方や勘定科目、税目などがきちんと整形されたデータを生成する必要があります。

複式簿記は素晴らしい仕組みである一方で、請求書、経費精算、銀行口座、クレジットカードなどあらゆる仕組みが借方・貸方という概念でデータをもっていないため、整合性を取るだけでも非常に大変です。

最終的にはあらゆる企業内の取引は会計データという比較可能な形式に変換されなければいけないのですが、すべてを一気通貫で処理するERPのような仕組みがない限りは、どこかで誰かがそれを仕訳に変換して投入する必要があります。

一方で、freeeの「取引」においては、「発生」と「決済」をそのまま取り込んだ上で、freee上で発生と決済を紐付けることで入金管理・支払管理が完結する上に、試算表・財務諸表を構築するための仕訳はその裏側で生成されるため、外部システム側では振替伝票形式でのデータを生成する必要がありません。

一番分かりやすいのが銀行口座の明細データの取り込みでしょうか。その昔は長い定規を持って、通帳のコピーに一行一行当てながら、ひたらすら入力していましたが、相手科目が決めないと登録することができないため、いったんすべて「仮受金/仮払金」等の科目をあてておいて、後から1件ずつ直していくというやり方をしていました。(明細データを取り込めるようになっても、考え方はあまり変わりません)

しかし、freeeの「取引」においては、「発生」すれば必ず「決済」されなければいけない、という縛りがあり、入出金のデータがどの「発生」と突合されるかという処理をするだけです。freeeが進化していく過程で、複数の「発生」を合算することができるようなったり、差額を簡単に手数料処理ができるようになったり、使い勝手は良くなっていますが、この原理原則は変わっていません。

取引が発生したからこそ、決済も発生するわけで、この仕組みのおかげで銀行の明細データを見ながら相手科目を1件ずつ入力するという非生産的な処理をする必要がなくなりましたし、何よりも大きいのは、銀行の明細データのまま取り込むことができることです。

従来の会計ソフトでは、銀行の明細データを取り込む機能があったとしても、それを仕訳に変換して処理をするという形式なので、取り込んだ後の仕訳データは編集することができてしまいます。会計ソフトの通常の仕様なので、良いも悪いもないのですが、誤って編集してしまうともちろん残高にも影響がでます。

freeeの場合は明細データを仕訳に変換するのではなく、外部データも1つのエビデンスであり、そのデータはどの「発生」データと突合されるか、という処理をすることで、「取引」の中で「発生」と「決済」が両建てとなり、完結します。明細データの数字を直接編集することはもちろん出来ません。明細データが仕訳に変換されて取り込まれるのではなく、明細データは「決済」のエビデンスとして処理され、その処理結果が裏側で仕訳データ生成されるのです。

この違いは実務運用としては非常に大きな違いであり、このメリットが理解できると、freeeの「取引」がとたんに楽しくなります。

4.網羅性から立証性へ

これまた教科書の最初の方にしか登場しない「正規の簿記の原則」という重要な原則があります。これは「一定の要件」に従った正確な会計帳簿を作成すると共に、その正確な会計帳簿に基づいて財務諸表を作成することを要請するものです。

この場合の「一定の要件」とは、企業の経済活動のすべてが網羅的に記録されていること(網羅性)、会計記録が検証可能な証拠資料に基づいていること(立証性)、 すべての会計記録が継続的・組織的に行われていること(秩序性)、の3つを指します。

スモールビジネスの場合は、まずは網羅性に課題がある場合が多く、近年のクラウド会計の多くも「外部データの取り込みにより楽に(漏れなく)処理できる」という点をアピールしています。

しかし、企業規模が一定以上になると網羅性から立証性に課題が移ってきます。100万円の請求書を受け取ったとして、それは何のための支出なのか、その発注に際して社内の承認ルートは機能しているのか、予算はどうなのか、取引の実態はあるのか、等のエビデンスが揃っているかということです。

会計ソフトは良くも悪くも「仕訳」データしか所持していませんので、これらのエビデンスは当然に外部のデータや紙の書類になります。管理会計、財務会計、税務会計、いずれにおいても登録された内容が正しいものであることを仕訳ではない部分で立証する必要があるのです。

freeeの「取引」においては、この立証性が明らかに仕訳形式よりも優れています。「+更新」なども「取引」の中で処理されることに大きな意味があり、そこに証票データが紐付き、稟議のログ、予算システムなどが紐付いてくれば、関連性を理解することは容易になります。

いわゆるERPと同じ発想ですが、本当のERPは非常に重厚長大なシステムになってしまうので、「取引」というデータ形式を中心に外部連携を前提として組み立てた取引の関連性、という考え方はクラウドツールとしてはとても合理的だと思います。

この観点での機能はスモールビジネスではToo Muchですが、freeeのターゲット顧客がエンタープライズ規模に拡大していくにあたって、大きな強みになっています。

複式簿記は資本主義社会の根幹をなす重要な発明であり、ビジネスに関わる人はこの概念をきちんと理解しておかなければいけないものです。しかし、紙の伝票で処理することを前提に組み立てられているやり方も多く、それらを完璧にデジタル化することにはあまり意味がありません。

日本においてはERP導入はうまくいきませんでしたが、デジタル時代に最適化した新しいやり方は色々と試みられており、freeeの「取引」もその1つだと思います。会計ソフトとして、確かにもうちょっと頑張って欲しいところはあるにはありますが、それらを踏まえても、freeeだけの「取引」という概念は非常に良く出来た仕組みだと私は考えています。

今回「簿記一巡」などの概念を用いて整理してみると、あらためて「取引」の概念の奥深さがよく分かりました。freee発足当時は確かに「会計知識がなくても使える」が重要なキーワードだったのかもしれませんが、ターゲット規模も広がり、機能も増えてくると、一周回って「取引」の概念をきちんと理解し、使いこなすためにかなり深い意味での会計知識が必要不可欠です。

最初はちょっととっつきにくいところもありますが、ぜひともこの「取引」の概念を理解して、freeeを使いこなしていただければ幸いです。


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