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キューバ旅行記⑦ トレッキング 2020.01.23

ビニャーレス二日目の朝は快晴で気温も高い。同宿のフランス人夫婦、スペイン人夫婦とぼくの5人で食卓を囲む。彼らもやはり、2~3週間の旅程を組んでいるそうだ。哀れ日本人は、わずか一泊でハバナへと戻る。

帰りのバスは14時の予定、ぼくは午前中をトレッキングに充てることにした。どうやら、ぼくはこのビニャーレスがすっかり気に入ったらしい。目を見張る絶景にのんびりとした時間が、雑多なモザイクのような首都ハバナとは異なる魅力を醸し出す。


「トレッキングに行こうと思うんだけど、どこかおすすめはあるかな?」Casaのオーナーに問いかける。
「一人じゃ迷うかもしれないわ、ガイドを手配するわよ、ちょっと待ってて。」


ひとりで気ままに歩きたい気分でもあったのだが、ここは彼女の厚意にあずかることにした。ここビニャーレスは、美しいタバコ農園が拡がる国内随一の葉巻生産地でありながら、やはり住民の暮らしは決して楽なものではない。観光客が落とす兌換通貨が、彼らの生活を支えている。

とはいえ、10分後、自転車で現れたのが推定年齢70歳といったおじいちゃんガイドなのは、さすがに予想していなかった。炎天下を歩かせて良いものかと逡巡したが、要らぬ心配だったようで、彼は確かな足取りでずんずん進んでいく。

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歩いてみると、馬上からとはまた違った景色を堪能できる。
ガイドは全く英語を話さず、ぼくはキューバにありながらスペイン語で十まで数えることすらできない。指さしスペイン語をもとに彼の質問に答えていると、自然会話が成り立つのはなんとも愉快だった。

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先にあげた事情の通り、観光は住民の重要な副収入。
ツアーには必ず農園の立ち寄りが組み込まれている。

昨日とは別のタバコ農園で、再び葉巻の作り方講座が始まったところはさすがに断った。時間を持て余し、自然雑談が始まる。

「モイネロはいい選手だろう」
———ん?

「ソフトバンクホークスだ。彼はこの州出身なんだぞ。グラシアルも、デスパイネも、活躍しているんだろうなあ」さすが野球大国キューバ。思わぬ共通の話題に花が咲く。


「キミはもう葉巻は買ったらしいな。別に売りつけるわけじゃあないけど、ここの葉巻だってうまいんだ。もし君が欲しいなら、安くしておくぞ」
なんだか控えめな物言いにこちらが恐縮してしまう。大男は見た目に寄らずなんとも奥ゆかしい。せっかくだし、いくらか購入することにした。

なるほど確かに、同じ地域で作っている、完全オーガニックの葉巻でも、昨日のものとは味わいが全く異なる。

「ありがとう。ところで、だ。」大男が口を継ぐ。
「この若いのが、あんたがシャツにかけているレイバンを気に入ったらしくて、葉巻5本と交換してくれないか、って。」


物々交換の申し出は、実は初めてではなかった。ハバナ二泊目のCasaのスタッフに、来ているTシャツを譲ってほしいと頼まれたのだ。その時は大変に驚き、つい動揺のうちに断ってしまったのを多少後悔していた。

なるほど、この国にはモノがない。Tシャツだってサングラスだって、東京のように、溺れるほどの数から自分が気に入った一点を探すこと自体が叶わない。
オファーを受けたときにぼくが真っ先に頭に浮かべたのは購入時の金額だった。ただ、いま思い返せば、彼らは金額を理由に悩むことすらできないわけである。

ただし、彼らは断るとそれ以上追及することはない。心の底から欲しいけど、なんとしても貰ってやろうなんていじらしさはないらしい。欲しいから譲ってくれともちかけ、ダメと言われればすぐに納得する爽やかさがある。
代わりになるかわからないけど、日本から持ってきた抹茶、イチゴ味のチョコを土産に渡す。彼らはいつだってそれを大げさな身振り手振りで喜んでくれた。


「ごめんね、これはあげられないけど、次来るときはなにかマシなお土産をもってくるよ」
「いいんだ、気にするなよ」と、彼は両手を合わせ、ありがとうのジェスチャーを作る。


お金を払うとか、モノをあげるとか、そこに少なからず在る驕りや卑屈さはあまり気持ちがいいものではないし、思えば、そうした感情をなるべく無くそうと努めていた。
少なくとも彼らにはそうした気持ちは見受けられず、却って自分自身にそうした感情を見つけて、少しばかりほろ苦い気持ちになった。

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