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美の女神とゾンビ - the first contact -

前編

 東ノ国で発生したゾンビは国民の注目の的となった。研究チームの発表したプレゼンテーションの一部は切り抜かれ、様々なメディアによって報道された。

 その内容は次の通りである。

 東ノ国型ゾンビ(Z−FE型)の特徴

・ウィルスや細菌等の感染やその他の病気によって発生したものではない。
・人間を捕食することで、身体を変異または増殖させる。
・人間のような脳を持たないが、一定の知性と信条を持つ。
・美しいものを見ると激昂する。
・強い物理的衝撃を受けると汚泥状に変化して行動を停止する。生命活動が停止する条件は不明。

 国からのコメントは次の通りである。

 一般の人がゾンビを傷つけることはできません。暴徒化した場合、すぐに安全なところに避難し、警察へ通報してください。

中編

 ゾンビに人権を与えた理由について国民から疑念の声が挙がると、東ノ国首相、内閣総理大臣 曽比大輔《そび だいすけ》 は、次のように回答した。

—————————「生きとし生けるもの全てが相互に尊重され、共生する社会を築くことこそが、近代的な社会の目指すところなのであります。」

 ゾンビ人権宣言によってゾンビたちの人権が認められた後、X市はゾンビたちの人気を集め、現在では総人口の8割をゾンビたちが占める。ところがあるとき、X市を訪れたサラリーマンが失踪する事件が多発し、その後の調査によって、ゾンビによる殺人事件が明るみに出る事態となった。

 ゾンビたちは殺人現場である企業Zを占拠して立て篭もったが、X市にはまだ人間が居住しておりその安否が気遣われたことから、大規模な攻撃には懸念が示されていた。そのような中、ゾンビの大群が近隣のY市への移動をはじめていることが確認され、これを受けたY市が要請をして、武装した自衛隊が出動することになった。

 この頃、自衛隊は慢性的な人員不足に陥っていたため、数年前から経団連と連携をとって、日頃から指揮命令に従う特殊任務のプロフェッショナルであるサラリーマンに白羽の矢を立て、わずかばかりの報酬とひきかえに彼らを自衛隊に引き抜き、武装訓練を行っていた。

 サラリーマンの中で好戦的な荒くれ者が自衛隊を志願し、彼らは自衛隊のなかで部隊番号8390を与えられ
『嵐を呼んだルーキー』と呼ばれて歓迎された。

——————そして、彼らは出動し、

 美の女神『雪柊』は同行した。

 人間は、神の姿を見ることができない。それでも雪柊の放つ光は、決死の覚悟で出動した『嵐を呼んだルーキー』たちを優しく包み、月はいつもより明るく、彼らの行き先を照らした。

 一方で、ゾンビたちは、美の女神の気配を察知し、人間たちを迎え撃つ準備をしていた。

 一本の幹線道路が、X市から険しい山の斜面に続いている。山を越えた先にはY市があった。このあたりは『箱幹《はこみ》』と呼ばれる観光地で、X市のシンボルである湖の周辺に、当該企業のほか、土産物屋などのほか、近代的な観光施設が並んでいる。

 ゾンビたちの大群は、すでにこの箱幹まで侵攻している。

 箱幹からY市寄りに少し外れたあたりには、今は使われていない『箱幹近代美術館』があった。

 作戦の日、その駐車場に自衛隊の車両10数台が集結した。車両の中から、銃を構えた隊員『嵐を呼んだルーキー』が身をかがめて地面に降り、流れるようにおのおの配置につく。

 箱幹近代美術館のシンボルである美しくデザインされた人型のオブジェが『嵐を呼んだルーキー』たちを見守っていた。

「部隊番号8390。全員、配置に付いた。」
「よおし。そのまま待機しろ。決して民間人を巻き込むな。」
「へへ。民間人って俺たちのことですか?」

「おい。臆病風に吹かれたんじゃないだろうな? もう一度、プロジェクトの目的を確認する。
・警告を無視するゾンビは汚泥化し、活動を停止させる。
・汚泥化したゾンビは、旧美術館の倉庫に隔離して封鎖。
 いいな。勝てば賞与が出る。ゾンビを迎え撃つだけの簡単な仕事だろ?」
「俺たちにできないと思ってるんですか。」
「へらず口を叩く前にやってみせろ。敵が警告に応じない場合は、発砲を許可する。」
「イエッサ!」

 あたりには民間人の掲げたと思われる幕や立札があって、そこには「人を喰うな」「義務なき人権を認めるな」「ゾンビ反対」などと大きく書かれていた。

 一台の自衛隊のヘリが『嵐を呼んだルーキー』の頭上を越えていく。その向かう先には報道のヘリがすでに3機ほど待機していた。

————————報道番組が映像を映す。

「現在、ゾンビたちは箱幹の施設周辺で徘徊しています。それから、ええ、100体ほどでしょうか。一部のゾンビたちが群れから溢れ、じわじわとY市へ向かって国道を進んでいます。」

「そして、ええ、たった今、美術館に自衛隊が到着しました。自衛隊の車両が10数台。美術館の駐車場に整列を始めています。そして、山頂付近には、これは自衛隊のヘリでしょうか。何台か、ヘリコプターの明かりが見えます。」

 時刻は夜10時をまわった頃。
 あたりは暗い。

——————————————————

「来たぞ。」

 サーチライトで照らされた道路の先に、ふらふらと坂を上ってこちらに近づくゾンビが見える。

『嵐を呼んだルーキー』が一斉に銃を構えた。

 一人が拡声器を使って警告を発した。
「速やかに行進を停止してください! これは警告です!」

 後ろからぞろぞろと大勢のゾンビたちが近づいてくる。
 歩みを止める気配はなかった。

「止まってください! 警告を無視すると、発砲される場合があります!」

 それが聞こえたのか、先頭のゾンビが足を止めた。
 後ろのゾンビたちは、とぼけた表情で、何事かというように顔を見合わせている。

 程なくして、先頭のゾンビが右手を高々と上げ、笑顔でこう言った。

—————やあ、こんばんは。

「畜生。人喰いが。何言ってやがる。」
「早く、発砲許可を出せ。」

 サーチライトの明かりがゾンビを照らす。
 ゾンビは動かなかった。

 10分ほど経ったか。

『嵐を呼んだルーキー』たちは固唾を飲んで照準を定める。

雲間から月の明かりが漏れ、美術館の人型のオブジェを照らした。 

 そのオブジェは美しく、
 月の光を受け、
 ため息がでるほど——————————————————

 瞬きをするほどの時間か。

 ゾンビがオブジェに飛びかかっていた。

「撃て!」

 地に崩れたオブジェが空を見ていた。

後編

深夜。

巨大なサーチライトは部屋の奥まで光の筋を伸ばす。
昼間のような明るさと、途切れぬ銃弾の音。

一体目のゾンビは、オブジェに向けた憎悪の表情を銃弾で貫かれ、どろどろに溶け形を無くし、地面に横たわった。

ゾンビたちはこの世のものとは思えぬ叫び声をあげ、『嵐を呼んだルーキー』の人間たちに襲いかかる。

一体が、驚くほどの勢いで一人のサラリーマンに跳び掛かると、その首が飛び、すかさず隣にいたサラリーマンが倒れたゾンビに銃弾を浴びせた。

「怯むな! 散開しろ!
 動け! ゾンビの的になるな!」

サラリーマンたちは攻撃を避け、猪突猛進するゾンビたちを的確にさばいた。

崩れた人型のオブジェが輝いている。

————雪柊はそこに降りた。

子供のゾンビが、うっかり雪柊の姿を見た。
すかさず親のゾンビが叫ぶ。
「美しいもの! 見てはいけない!」
親のゾンビはすぐに体を腐らせ、どろどろになって子供に覆いかぶさり、雪柊の放つ輝きを見えないようにした。

 雪柊の輝きが、ゾンビの力を奪っていく。

 緑色の帽子をかぶったゾンビが叫んだ。
「俺は絶対、美しいものを見ない!
 美は存在しない!
 しかし何故だ!!
 見続けずにはいられない!!!」
 そして頭が沸騰し、しばらくして緑色の帽子とともにはじけた。

 隣にいたスーツ姿のゾンビが、胸ポケットからサングラスを取り出して叫ぶ。
「見られるな! 見るんだ!
 見るのは、俺たちだ!!!」

 辺りには霧が立ち込め、ゾンビたちの視界を覆った。霧は光をあちこちに散乱し、雪柊の姿は光に乗って散りばめられ、ゾンビたちの網膜に届き、焼きついた。

「駄目だ! 目に入ってくるゥ!」
「ママ! これが人間?! 私…人間じゃない!」
「見ちゃダメ!!!」

————雪柊が左足を一歩進めた。

 あたりのゾンビたちははじけ、泥々になって地面に溶けはじめた。

 母親のゾンビは、子供のゾンビの頭を掴み、光を見ないように目玉を力ずくで取りはずそうとしたところで、頭がはじけた。

 背後には人間がいて、その手には、ひとすじの煙が立ち上るショットガンが握りしめられていた。

————雪柊が右足を一歩進めた。

 雪柊の放つ輝きによって弱ったゾンビたちは、身体を寄せ合って巨大なゾンビに姿を変え、人間たちを手当たり次第に捕えて、食糧にしはじめた。

 光から逃れようと、体を溶かして人間の体内に隠れるものもいた。

「美の女神を止めろ!」
「顔に泥を塗れ!」

ゾンビたちは一斉に、雪柊に向けて汚泥を投げつけた。

 しかしそれらは、いずれも雪柊に触れることならず、雪柊の放つ光に照らされて、輝く背景となり、空を舞う純白の紙吹雪とおなじ効果を与え、清らかなるものとのコントラストへと変わって、美の女神の輝きを高めた。

————雪柊が左足を一歩進めた。

 ゾンビたちは、両目を飛び出させて、その姿に見入っている。

 ゾンビたちの全身から上る悪臭は、刺激臭にかわり辺りを漂った。ゾンビの身体は驚異的な代謝によって、溶けてはすぐ再生する。ゾンビたちはいらなくなった身体の一部を、美の女神に投げ続けた。

————雪柊の目が哀しみにあふれた。

 一体のゾンビが、苛立ちを頂点にして叫ぶ。

「美の女神よ! 調子に乗るな!
 お前のどこが美しい!
 はっきり言ってやる。お前は!
 醜すぎる!!!」

 そのゾンビが、勝ち誇った表情をつくった。

————雪柊は目を瞑った。

 すると、辺りにいたゾンビたちは、次々と両手を目の前にかざし、じっと自らの姿を見つめた。他のゾンビたちも次々とそれに倣い、呟いた。

「なら…俺って…。」
「俺も…。」
「俺も…。」

 ゾンビたちの中心にいた、赤いドレスのゾンビが叫んだ。

「気づいては、
 ダメーーーーーーーーーッ!!」

 大勢のゾンビが、げぼりと音をたて崩れ、地面に溶けて消えた。

 赤いドレスのゾンビは、人間の目玉があしらわれたネックレスと、人間の内臓で作られたローブをまとっている。それはゾンビたちにとって最高のファッションであり、そして、人間たちが報復をするための理由として十分なものであった。

 一人の人間の男が、至近距離から狙いを定め、
 赤いドレスのゾンビの頭は、弾けた。

————雪柊がまた一歩。

 雪柊の光はあたりにいたゾンビたちを照らし、全てを光に染めていく。すでにゾンビたちは腐乱を極め、一面に横たわっていた。

雪柊がぽつりと言った。

「これでは歩けない。」

生存者がいた——————————

今回の作戦で手薄になったゾンビの本拠地から逃げてきた女だ。痛々しい傷があちこちに見える。

—————こんな傷くらい。

その思いは身体に届かず、
足がもつれ、倒れた。

美の女神がいた。

——————死ぬ前に神さまが見えるって、本当なんだ。

頭を振るった。
まだ意識を失ってはいけない。
力を振り絞って言葉をだした。

「まだ神様なんて見たくない。」

立ち上がって膝をついた。

それを美の女神が優しく抱きとめる。

続いて、駆け寄ってくる何人かの人の姿が見えた。
差し伸べられた人の手も見える。

「生存者を発見! 救護班! 早く!」
「安心しろ。もう大丈夫だ。名前は言えるか?」

「緋川…れみです。ゾンビの企業に監禁されていました…。」

「他に生存者は?」
「みんな…私を逃がして…。」

そこから言葉がでなかった。

「もう大丈夫です。まずは治療を。」

いつから鳴っていたか知れぬサイレンの音を聞き、赤いランプの回転が私の頬を照らすのを見て、私は救助の手に身を委ねた。

雪柊はX市に向かった。



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