発音を評価できないJudging Sheetとその問題点
近年の英語弁論大会で、発音の評価項目が存在しない(評価できない)大会が出てきました。具体的な名前を挙げることは避けておきますが、正確に述べると、英語表現面に関する大項目が "English Literacy(Speaking/Rhetorical Writing Skills: Word Choice & Fluency)" という形で統合され、小項目が2分割されていました。小項目で評価されているのはGrammarとExpressionの2項目という形式になっています。
これを審査基準の記述通りに解釈すると、「英語運用能力について、Speakingは見てもらいたい。しかし具体的にはGrammarとExpressionの2点からのみ評価してほしい」と言うのが主催者の意図だと解釈できます。別の言い方をすると、「Speakingに関して、発音は評価対象にしない」と解釈できるということです。少なくとも、審査項目を真面目に解釈する審査員であれば、こうした結論に至ります。
これを最終的に採用した人々がどれくらい審査項目について議論し、この評価方法を採用したかについては知る由がありませんが、少なくとも僕はこの判断が結果的に良い影響をもたらさないと考えています。その理由について説明しておきたいと思います。
理由1. 発音は結局評価されている
まず、どんなに主催者が審査項目上で英語の発音評価を蔑ろにしても、結局発音は評価されるという事実を覚えておかなければなりません。事実、当該大会の出場者(仮称Aさん)から直接聴いたところによると、Aさんはネイティブの審査員から「発音が聞き取りやすい」と評されたと述べています。
仮に主催者が、当該大会で発音評価を意図的に除外しようと考えるのであれば、それを丁寧に審査員に説明する必要があります。単純に評価項目から排除したところで、大会主催者が審査員に対して能動的に発音評価を除外するよう説明しない限り、審査員は発音を評価することを防ぎきれないのです。前段に挙げた、出場者の発言からもその事実が認識できるでしょう。
理由2. 得点根拠が不明瞭となり、大会の看板に傷をつける
主催者が、発音評価を加味しないという意図を審査員に徹底しないまま、審査項目から発音評価を排除した大会で何が起こるかを考えてみましょう。
発音を評価してはいけないという意図が審査員に徹底されていないのですから、審査員によって発音が評価に加味される場合と加味されない場合が出てきます。
冒頭に挙げた通り、項目を解釈する審査員であれば起こりえませんが、そうでない審査員の場合、発音の良し悪しは話の分かりやすさと無意識的に一体化され、得点評価に加味されることになるのです。
結果、審査基準に存在しないはずの発音で評価に差がつくことになり、もはや審査基準を定めてスピーカーを評価する意味は無くなります。ましてや入賞が発音の良し悪しで左右されたりするようでは、もはや目も当てられません。
そのような大会は、主催者にそのつもりがなくても、出場者や審査員を馬鹿にしていると取られても仕方ありませんし、大会の看板を毀損し、大会の評判や信頼を損なうことは言うまでもありません。
理由3. 発音と文法・表現力は同じ評価項目で評価できない
最後に、そもそも発音の良し悪しと文法や語彙・表現力の豊かさは同じ基準で評価できません。発音の良し悪しを評価する際は、例えば次のような基準を見ることになります。
Accuracy of pronunciation (発音の正確性)
各種母音・子音の音素が、その語を聴衆の大多数に認知させ得るに足る発音や発音強勢によって発話されているClarity of articulation (調音の明瞭性)
話者の英語の調音が、明瞭に語を認知できるに足るものになっているかNaturalness of intonation (抑揚の自然性)
話者の英語の抑揚が、フレーズやセンテンスに沿った適切なものであるか
例) 普通疑問文の場合に文末を上げる、疑問視疑問文の場合に文末を下げる、等
見識のある皆さんなら容易に理解できることですが、こうした項目を文法や表現力と同じ基準で評価することは不可能です。文法は文法の正確性を問わなければなりませんし、表現力は話者の語彙レベル、例えば使われている語がCEFRでどの水準なのかやコロケーションとして自然なのか、あるいは内容を際立たせるために効果的で適切な表現技法が使われているか、と言った点を評価する必要があるからです。
当然のことながら「発音が良いから文法も正確だ」とか、「文法が正確だから表現力も高い」と言った評価は出来ないという事です。
審査項目の策定は、慎重に議論を重ねて行う必要があります。主催者側が議論不足や研究不足の状態で審査項目が定められると、出場者に思わぬ不利益をもたらす可能性があり、大会の看板や結果の信頼度に疑念を持たれるようになるからです。審査項目をどのように定めるべきかについては、別の記事にまとめてあります。研究を深めたい方は、ぜひ見て頂ければと思います。