六十一話「死神」

「死神って、馴れ馴れしく寄ってくるんです」

Eさんがそう話してくれた体験。


彼が独りバイクで走っていたときのこと。
朝焼けを浴びながら、頭のなかでお気に入りの曲を流しながら、爽快な気持ちで走っていた。


すると、後ろから一台のバイクが近寄ってきた。
Eさんは自分のペースで走りたかったので、そいつに道を譲った。

そのバイカーが自分を追い越す際に、そちらを一瞥した。
まさに忍の者を彷彿させる、無駄のない緑色のシャープなデザイン。
そんなバイクに対して、乗っている人物はヘルメットから爪先まで黒一色に身を包んでいた。

またしばらく独りで走っていると、見覚えのある車体が見えてきた。

あの緑のシャープなデザインのバイクに、黒装束の人。
そいつは減速してきたので、Eさんは追い越した。
するとまるでコバンザメかのごとく、緑の車体はぴったりと後ろをついてきた。

これが渋滞で込み込み道路ならば仕方ない。
だが、まだ早朝の薄闇が広がる二人きりのスカスカな道路で、ぴったりと後ろをつけられると気味が悪い。

自分のものではないマシンの駆動音が、ずっと耳にへばりついてくる。
いったい、どんな野郎がつけまとっているのか?
Eさんはなんとか位置を調整して、サイドミラー越しに後ろの者の顔を覗きこんだ。


そこには二人の人間がいた。

追い越してきたときは独りだったのに、明らかに二人いた。

黒いヘルメットをかぶった者の後ろから、明らかにもうひとつ顔が覗いている。


そして、その黒髪が風になびいている。
知らない女の顔だった。


そのとき、背中に走る寒気が、手の先にまで伝わってハンドル操作が乱れた。

Eさんは、ふらつく車体をなんとか手なずけ、道路の端で側壁につんのめりながら停車した。

ほっと息を吐く間もなく、前方のガードレールに、あの後続者のバイクが突っ込んでいった。

自分にぴったりとついてきた車体。
規定速度よりも少し遅めで走っていたつもりだった。

それなのに。
Eさんが急いでガードレールに駆け寄ると、それと地面の狭間に消えていった彼は、どうみても生きている状態ではなかった。

そして、女の姿らしきものは、欠片一つすら存在しなかったそうだ。


「バックミラーであのバイカーの顔を覗いたとき、メット姿なのに、それが透けるみたいに顔が浮かび上がってきたんです」

「そのメットのうえに透けてきた顔も、後ろの女の顔もみたことはなかったです」

「それがなぜか、二人とも、SNSでよく知り合っているフォロワーの顔に変わっていったんです」


だからEさんは運転を誤った。

その後、その顔のフォロワーに何かあったわけではない。
ただ、おそらく


「あのとき・・・いや、あの直後に二人とも『俺の顔』に変わっていたら、絶対に巻き込まれていたんでしょうね」

あの女は死神で、魅入られていたアイツと俺を連れてこうとしていたんですよ。

その関係でバイクを修理中のEさんは、そんな話を聞かせてくれた。