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小笠原諸島旅行記 その1

小笠原に再び行けるのは10年以上先だと思っていた。1週間に1便の、24時間かかる船でしか行けず、平日休日関係なく船のダイヤに合わせて基本5泊6日はしないといけないので、働き盛りのこんな時に行く時間が作れるなんて思っていなかった。

しかし作れたんですねえ〜、時間。この機会を逃すとほんとうに数十年行けないんじゃないかという気もしたので、多少勇み足感と躊躇はあったもののそんな理性は振り払い思い切って行くことにした。

出港前々日

このコロナ禍において、小笠原はより一層ハードルの高い島になっている。行く人は全員PCR検査を受けることが強く要請されているのだ。検査キットは送付してくれるし費用こそ無料であるものの、出港前々日の午後か前日の午前に竹芝桟橋に直接検体を持ち込まなければいけない。出港日も平日なら前日も前々日も平日だ。そんな日の昼間に直接持ち込みなんて、どうしろってんだ。

なんて言いながら、そんな時間に持ち込める自分の幸運さを天に感謝しつつ、出港2日前、私は竹芝桟橋に来ていた。

小笠原行きの船を含め、昼間の時間帯に着発する船はなく、浜松町からの道も港も人気ははなくがらんとしていた。とりあえず検体をそれっぽく白衣を着た係員に提出したあと、特に用はないが岸壁の方に向かう。今日は「おがさわら丸」と書かれたタラップが置かれているだけで船の姿はないが、ここにおがさわら丸が泊まっている明後日の様子を思うと、なんだか一気に旅ムードが高まってきた気がする。
そういう意味では、旅が始まる前に一回港に来ておいて良かったな。

前日は検査の結果にビクビクしながら過ごしたが、結局何の連絡もなかったのでどうやら私は陰性だったらしい。安心して眠りについて出港当日を迎える。ちなみに荷造りは億劫だったので、中途半端な状態で終わっている。

話は逸れるがどうして荷造りってあんなにめんどくさいんだろう。多分旅の全行程を考えないといけないからだ。せっかく気ままで臨機応変な旅をしようとしているのに、荷造りをするということは、旅で必要なものを全て揃えるということで、それはつまり旅の行程のあらゆる可能性をシミュレーションしないといけないということになるので、それが多分めんどくささの原因なんだろう。ついいつも後回し後回しにして当日朝バタバタと準備することになってしまう。

出港まで

あぶなかった。出港時間を1時間勘違いしていた。家を出てから気づいた。早い方向に勘違いしていたから良かったが。電車と違って一週間に一本の船便だ、まかり間違っても乗り遅れるわけにはいかない。なんだか船に乗るまで、不安で10回くらい小笠原海運のHPを見て時間を確認してしまった。

しかも京浜東北線が遅れているぞ。最寄りの駅が人で溢れている。どうやら新橋駅で線路内人立入らしい。線路内人立入は痴漢の隠語だという噂もちらほら聞くが、この日は本当に線路内人立入で、失恋して泥酔した男が自棄になって線路内を歩いていたらしい。迷惑な男である。だからやで、と思わなくもないがそうやって周囲を気にせずやりたいことができるのが羨ましくないといえば嘘になる。まあめちゃくちゃ迷惑だけど。でもそいつにとってみたら俺の人生なんか一ミリも関係ないもんね。そんな関係ない人の人生なんか考慮する必要ないのだ。

とにかくそんなトラブルもあったが出港時間を間違えて1時間家を早く出ている俺には何も問題はない。全く、何がどう転ぶかわからないものである。振り返ってみればこの一年ずっとそんな感じだなあなんて思ったりもする。芝居ができてなかったり、みんなで旅行する、みたいな雰囲気にならないからこそ1人で小笠原に行けているのかもしれないし。

まあ、そんなこんなで時間はかかりつつも通勤するサラリーマンたちを尻目に旅行丸出しの格好で浜松町にたどり着き、2日ぶり10回目(もっとかな)の竹芝桟橋までやってきた。

毎年の伊豆諸島旅行の際にもお世話になっている乗船ターミナル目の前のファミマで食料やお酒を買い込む。なにせ24時間の長旅だ。何本酒があっても足りないかもしれない。しかも最近話題の、泡が出るスーパードライの生ジョッキ缶が売っていたのでついつい買い込み過ぎてしまい荷物がまた増えた。しかしもう財布の紐もゆるゆるモードになっているので止められようもない。
そしてコンビニで昼飯も買ったはずなのに、乗船前にターミナルで島島弁当というのが売っていたのでこれまた買ってしまった。何食食べるつもりなんだ。

あ、そうだ、その前におしゃなコーヒー屋で時間を潰したのだった。浜松町から竹芝桟橋に行く道はなんだか最近整備されてい多様で、途中から高架の歩道ができていた。信号もなく、めちゃめちゃ高いところを通る綺麗な道だった。そこを歩いていくと竹芝桟橋に程近いところにソフトバンクとかが入っているこれまた綺麗なビルがあり、その下にガラガラのブルーボトルコーヒーがあったのだった。
サードウェーブというのだろうか、とにかくいけすかなくてなんかそういうのが好きな奴らで混んでいるコーヒー屋だというイメージであったが、空いているのであればおしゃれでゆったりしていて入ってみたいコーヒー屋である。一回ひよって店の前をスルーし、動きをカムフラージュするためにトイレに寄った後、意を決して店に入る。

普通のホットコーヒーがメニューを見てもどれなのかわからず戸惑うという予想された動きをしてしまったが、店員さんが慣れた感じで、そんな素人はどれを頼めば良いのか丁寧に教えてくれ、おかげで無事にコーヒーを飲むことができた。

そうして、コーヒーを飲みながらこの原稿を書き始めたりと、いつも出航前はゆで太郎で時間つぶしをしている私からすればめちゃくちゃ上品な旅のスタートであった。

さて、窓口で乗船券を引き換えて順番を待っている間に船の写真を取りにその辺をうろうろしておがさわら丸の特徴たる垂直ステムやファンネルを中心に写真を撮る。そんなことをやっている間に自分の乗船の順番になったので検温ののち船に乗り込む。

いよいよ出航

船に乗ったらすることは自席に荷物を置いてとにかく早く甲板の椅子を押さえることだ。その基本動作通り、荷物の整理もそこそこに酒と飯をもって甲板に向かうと、おがさわら丸は伊豆諸島航路の船と違い、甲板の席が少なく、自分が抑えたのが最後の1テーブルだった。毎年島に行っていた経験が活きて良かった。

こうして無事甲板の席も抑え、生ジョッキ缶を開け出航。ここから6日間はどうやったって帰ってこれないかと思うとやり残したことはないか、なんだか緊張するが、まああったとしてももう戻れないからどうしようもない。ビールを立て続けに開けてそしてこの原稿を書き始める。どんな旅になるのか、楽しみだ。そろそろ外洋に出て電波もとどかなくなりそうなので、甲板にいた右翼のおっさんの話などは次回にまわそう。

続く

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