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ローバーミニという嗜好品

40代に入って、人生を逆算で考えることが多くなった。
自分はあと何回海外に旅行できるのか。
あと何回この人に会えるのか。
あと何冊本を読めるのか。
そんなふうに考えて、長生きはしたほうがいいなと健康にも(少しだけ)気を遣うようになった。

1年ほど前、雑誌の車関連の記事をなんとなく眺めているときに、ふいにその逆算スイッチが入った。
「オレはこのまま車を運転できない人生なのかな」
自分は運転ができない。
免許を持っていないわけではない。
家に車がないわけでもない。
でも、運転はできない。いわゆるペーパードライバーだ。
妻が運転をするので都内で暮らすぶんには生活にまったく支障がないのだけれど、ペーパードライバーなのは男としてコンプレックスであった。

そしてなんとなく妄想を始めた。
車を運転できる自分。
たまに会社に車で通勤する自分。
気分転換として夜のドライブに行く自分。
…うん、悪くない。

さらにこの妄想に拍車をかけたのが駐車場代。
最近は車を持たない人が多いらしく、我がマンションの駐車場も空きが増えてきた。その結果、2台目の駐車場を契約するなら月額が通常より5000円安くなることに。
何かに背中を押されているような気持ちになり、真剣に車の購入を考えるようになった。

子どものころからあまり車に興味がなく、知識もまったくない。でももし自分が乗るならミニが良いと思っていた。きっとシティハンターの影響だと思う。現行のBMWミニではなく、冴羽獠が乗っていたローバーミニ。イギリスの洗練されたカッコ良さが凝縮されたようなデザイン。
とりあえず都内にあるミニ好きの聖地のような店で話を聞いてみた。ここの社長さんはミニの世界で知らない人はいないほどの有名人。ミニについての情熱あふれる話を聞いているうちに、これは買わねばならぬと思うようになった。

しかし、欲しくても今や簡単には買えないのがローバーミニ。販売終了からすでに20年以上経っているので状態の良い車体にはなかなか巡り会えない。ミニはパーツ交換が自由なのでベース車両を買ってからのカスタム前提だとも聞くけれど、買ったら一生モノとして乗り続けるつもりなので最初から妥協はしたくない。飽きのこない白か黒のボディでなるべく状態の良いもの。そしてできれば普通のローバーミニじゃなくて40thとかポールスミスとかBSCCとかの限定車…こんな条件で関東圏の色々なミニ取扱店に連絡を入れてみた。急いで買わなければならないものではないので、せっかく買うなら気に入ったものが欲しかった。

真剣にミニ探しをしてから3ヶ月ほど経ったある日、埼玉の専門店から良いモノが入ったとの連絡がきた。
前のオーナーが大切に乗っていたミニを定年退職のタイミングで手放すことにしたそうで、ボディカラーだけは自分の希望と違うものの、サビもほとんどなく理想的なものだった。店からもこれだけのモノはめったに出ないと言われて、現地に実物を見に行ったその場で契約をした。

かくして自分はローバーミニオーナーになった。
運転するようになってわかったけど、交通量が多くて道の狭い東京での運転はとても難しい。田舎に住む父親が東京では運転したくないと言っていた意味が今はわかる。ドライブスキルがないのに、パワステもバックカメラもない旧車を運転することは想像していた以上に無謀だった。
そして購入前から薄々気づいていたが、自分が車を使う機会は思ったよりも少ない。職場に車で行ったのはこの1年で1度のみ。深夜のドライブも腰が重くなり実現できていない。車いらずの都内で2台目の車を持つなんて、嗜好品以外の何物でもなかった。

それでも運転は楽しい。
ローバーミニのクラシカルな車内はそこにいるだけで幸せを感じることができる空間で、しかもそれを動かして移動できるのだから贅沢すぎる嗜好品だ。車について人と雑談するようにもなったし、ミニに限らず車関連のニュースを見るようになったりもした。視野が広がったのは人生にとって大きい。


世の中の車離れはわかる。自分も去年までそっち側だった。
車なんて維持費高いし、わざわざ買わなくてもレンタカーやカーシェアリングで良くない?とよく言われる。世界がEVに舵を切っている中で、なぜわざわざガソリン車を買ったのかと言われたりもする。
でもそんなの関係ない。だって、嗜好品なのだから。
気に入ったローバーミニと出会って所有することができた縁とか運とか周囲の理解とか、そういう自分の環境に感謝しながら週末どこに行こうか妄想する。

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