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ヘッドホン

 一日を過ごす中で、必ずすることってみんなきっとあると思います。朝一番にコーヒーを飲むことだったり、ランニングをすることだったり、ドラマや映画を見ることだったり、僕の知らないことも含め様々あるのでしょう。僕にとっては、音楽を聴くことが、それにあたります。その時に使うのがヘッドホンで、中でもお気に入りが、写真の "AKG K712 pro-y3" です。開放型のヘッドホン特有の音の抜けが良く、全域フラットなバランス。空間的な鳴らし方が特徴的で、目を瞑って楽器一つ一つを探しにいく楽しさがあります。同価格帯の中ではインピーダンスも十分で、写真にちらっと写る "ONKYO DAC-HA200" というモバイルアンプでも不自由なく聴いています。
 
 長くなりましたが、ヘッドホンの魅力を語りたくて、この記事を書いているわけではありません。

 20歳の誕生日まで、あと1ヶ月といった頃でした。父親が最後の誕生日プレゼントを買ってくれると、突然言いました。中学入学あたりから、学校備品や部活用品等、毎年とんでもない額かかっているのもあって、誕生日プレゼントなんてもらっていませんでした(それより前だって、お金は掛かってただろうけど)。そのことに疑問を持つこともなかったです。
 何が欲しいと聞かれても、パッとは浮かばず考え込んでいたら、ヘッドホンを提案されて、"本当に!?" という気持ちで買ってもらうことにしました。 "本当に!?" というのは、嬉しさと価格における躊躇の両面でした。

 父親は、電気関連の仕事をしていて、家電等が昔から好きで詳しかったそうです。好きが先なのか、詳しいが先なのか、どっちなんでしょう。
 父方の祖父が特に厳しかったそうで、部活から始まり、後継に関しても強制が強かったそうです。僕と接する時はそんなことなかったので、やっぱり孫はまた違う存在なんでしょうね。そんな祖父が許してくれた数少ない趣味が、ドラムだったそうです。そんな経緯もあり、父親も音楽が好きです。収入を得るようになると、ヘッドホンやアンプ、スピーカー等を集め始め、僕が小学生の時の記憶にもその印象があります。

 親の影響はきちんと受け、僕も高校入学あたりから音響機器に興味を持ち、父親との話題の一つになりました。その時に、必ず話すのが、
「音響はお金をかければ良くなることに間違いは100%ない」
ということ。これは電子機器全般に言えるかもしれません。コスパという言葉は、同価格帯の競争の中にあるのみで、価格の違うものを比べるのはナンセンスだと思っています。
 こういう会話を日常的にしていたからこそ、父親が買ってくれるものに低価格帯な訳がないだろうなという予想がついていました。その時に僕が愛用していたのが、オーディオテクニカのM50xという1.8万程度のヘッドホンだったので、それより高いものを選ぶだろうとも思ってました。だからこそ、躊躇してしまいました。

 親の収入が、なんていう失礼な話をするつもりもありません。決して裕福な家ではありませんが。
 また過去の話になるのですが、僕からの希望で、倍率5倍程度の中学受験を経験させてもらったんです。結果を先に述べると、落ちてしまったんですけど。通常の小学校の授業だけでは解けないような問題も出たりして、塾等での勉強が必要になりました。塾ってものすごく高いんですよね。加えて夏期講習や冬季講習もやってもらいました。その時の費用が、父親の当時持っていた音響機器を売ったお金で一部負担してもらったんです。なので今、父は僕らの中で "へなちょこ" と呼んでいる、CDコンポしか持っていません。

 父がかつて自分のために削ることを決意した趣味を、自分が受け取るということ。その上、ある程度自分でも収入を得られるようになったタイミングで。これが、躊躇した大きな理由でした。
 そういう気持ちだったけど、買ってもらいました!という言い訳みたいにしたくなかったので、父親に失礼を承知でこの話をしたんですよ。 "お前のせいで何も残ってない" という皮肉を笑いながら言いつつ、20歳を祝わせてほしいから、と買ってくれました。

 このヘッドホン一つに、これまで父親がしてくれたことが詰まっています。進路では、後継という言葉を一度も聞いたことがなければ、就職活動における選択に大きな自由を与えてくれました。中学進学時には、自らの趣味を削って、結果の伴うかわからないものに投資してくれました。スケールの大きな話をするならば、音楽の趣味を共有し、一緒に楽しみました。これだけ甘やかされても、行動の責任が自分自身にあることを常に叩き込まれたので、ある程度の自覚は芽生えたと思いますし。
 音楽を聴くたびに、一瞬は必ずこのことを思い出します。親になる日が来たとして、こんなこと自分にできるのでしょうか。
 今でも嫌いなところはたくさんあるんですよ(笑)すごく気分屋で短気です。面倒くさがる癖があります。そんなの人間ですから、誰だってありますね。

 父親の存在は昔から、僕にとって大きなものですが、年齢を重ねるごとに恐怖から感謝や威厳を感じるようになってきました。昔の恐怖も決して理不尽なものでなかったですし、改めて模範的な存在であることを再確認させられます。
 今年は、父親が昔売って後悔しているという、オーディオテクニカのad2000xをなんとしても手に入れてプレゼントしなければなりません。

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