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ダメ経営者から大逆転!?ワイン片手に経営を語るも…大ピンチに

「笹目さんはその仕事でいくら利益を出す必要があるんですか? そこから考えて値段をつけなくてはだめですよ」

横内さんから紹介され、TRUNKの税理士となった伊澤さんは、開口一番にそう言いました。

伊澤さんは何もわかっていなかった私に「値付けの重要性」を伝えようとしてくれました。

「え!! 値段ってそうやって決めるんですか?」

当時の私は、初年度の利益10万円という結果を出してしまったダメ経営者。値段の決め方も知らなかったのです。

法人化したタイミングの写真。左から妻小百合、長男長女、私、助川、当時のアルバイトさん sproutというのは個人事業主時代の屋号です。

驚く私をよそに、伊澤さんは淡々と話し続けました。

「そうです。まずは必要な利益から逆算して、ほしい金額を決める。するとその金額に見合ったお客さまが必ず集まります。いいですか? そこからが大事ですよ。お客さまの層が変わりますからきちんと自分たちの商品を見直して…ゴニョゴニョ」

「ほ…ほしい金額?」

この言葉がとても刺さりました。刺さりすぎてしまったのです。そのあと伊澤さんはなにか大事なことを言っていたような気がしますが、当時の私にはもう聞こえていませんでした。

いいデザインを提供するために自分たちは必死でがんばっている。お客さんだってあんなに喜んでくれているじゃないか。

だからもっとお金をもらって当然だったんだ。そのことになぜ今まで気がつかなかったんだ! 俺のばかー!そう思ったらいても立ってもいられず、すぐに値上げを断行しました。

その当時は、ロゴと名刺で10万円といったような価格設定でした。企業のコンセプトからお聞きして、かなり時間と手間をかけていたのに…です。それでは、会社だけでなく自分たちもつぶれてしまいます。

だから、法人として適正な販管費や利益を入れた価格に変更したんです。
「俺はお客さまのためにがんばってるんだ! これが適正なんだ!」
そうやって失ったものを取り戻すかのように、あれもこれも値上げしました。

値上げさえすれば、すべて解決する。あとは今まで通りデザインを一生懸命がんばればいい。そう思っていたのです。


左から、伊澤さんを紹介してくれた横内さん、伊澤さん、私

売上が76%もアップ!!

必死で値上げをし続けて1年。がむしゃらに働きました。2期目の利益はなんと前年比で10000%アップ!もう、驚異的な上昇率です。まさにV字回復。

やっぱり自分は間違っていなかった。値上げをしてよかったんだ。そう胸をなでおろしました。

3期目、5期目も業績は好調でした。この頃には「ようやく自分らしいデザインと経営のやりかたが見えてきたかな」なんて悠長に思っていました。

その頃、こんなこともありました。

お酒の席で隣に座った設計士さんが、「売り上げが安定しなくて、どうしていいかわからないんです」と悩んでいたんです。

私からすれば「それ、うちはもう解決しちゃったんだよね」という感じです。必ずうまくいく秘伝の技を彼にも伝授してあげようと思いました。

「いいですか、まずはほしい金額を決めるんですよ」。片手にはワインなんか持っちゃって。「あとはその値段に上げればいいんです。カンタンでしょう?」

すると私たちの話を近くで聞いていた社長さんが、たまりかねた様子で「あのさあ〜」と口を開いたんです。「笹目さん、言っとくけどお金のことだけ考えていてもだめだからね」

なんともまっとうなご意見です。しかし、お金のことだけを考えているという感覚がそもそもなかった私には、社長がなぜ「お金のことだけ」と言ったのか、理解できませんでした。

「いやいやいやいや、お金のことだけじゃなくてデザインも一生懸命やってますけど。ていうか、それでうまくいってますけど」と思いました。

私たちのお客さまはどこへ…

あれ? と思ったのは2019年。唐突な値上げをはじめて、5年目のことです。だんだんと売り上げが減りはじめました。コロナ禍であることを差し引いても、明らかに落ちている。なにかがおかしい。

気づけば、これまで親しくお付き合いしていたお客さまからの依頼がパタリとなくなっていました。当然です。値段を上げてしまったのですから。新しいお客さまからのご依頼もあったんです。でも、短いお付き合いがほとんどで、なかなかコンスタントに仕事が入らなくなっていました。

なんか思ってたのと違います。
サーーーーーッ…
血の気が引いていく音が聞こえました。

も、もしかして、値上げが裏目に出ちゃってるってコト…?

利益10万円の過ちを取り戻そうとしてやってきたのに、私はまたなにかを間違えている。そんな自分への怒りと悲しみを、税理士の伊澤さんにぶつけました。

値上げをしたら、お客さんがいなくなっちゃったじゃないですか!

そうです。それはお門違いです。時間を巻き戻してみましょう。伊澤さんはあのとき、本当はなんとアドバイスをしていたのでしょうか?

「まずは必要な利益から逆算して、ほしい金額を決める。するとその金額に見合ったお客さまが必ず集まります。いいですか? そこからが大事ですよ。お客さまの層が変わりますからきちんと自分たちの商品の価値を見直して、新しいお客さまに見合ったもの、必要とされるものにしていかなくてはいけません。それができなければ、集まったお客さまは離れていきます。

それですよ、伊澤さん。なんであのとき教えてくれなかったんですか!(いえ、伊澤さんは教えてくれていました!!)

一生懸命にカッコいいデザインを提供しているんだから、間違いなくお客さまの役に立っているはず。そう信じて疑いませんでした。デザインの技術は地道にコツコツ積み上げてきたこともあって、自信があったんです。だから値上げだけすれば、あとはなにも変えなくていいと思っていました。

私たちのデザインはお客さまのビジネスに何をもたらすのか? その視点が欠けていました。自分たちの提供しているものの価値を、私たち自身がまだ理解できていなかったのです。

「一生懸命やってるのに、一体なにが間違ってるんだよ…」

私はまた「経営の壁」にぶち当たってしまいました。ロックな生き方は、どうやら私が思っているよりずっと険しい道のりっぽい…。

このとき私は少し、自分の未来が怖くなりました。でも、たぶんこれ以外の生き方はできません。

根本的に何かを見直す必要がある。でも一体どうしたらいいんだろう…。教えてポール・ウェラー!

次回に続きます。

編集協力/コルクラボギルド(文・笹間聖子、編集・頼母木俊輔、イラスト・いずいず)