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大阪大学での特別講義と中国人留学生の変化について

6月17日、大阪大学教授の深尾葉子先生の招聘により、私は大阪大学で特別講義を行った。私にとって、大学で講義をするのはこれが初めてだ。

深尾先生の学部ゼミ生、更には大学院生たちを対象に、4限目と5限目の二コマで講義を行った。教室には、中国からの留学生たちも少なからずいた。またIWJの方もいて、私の講義の模様の撮影が行われた。

講義の内容だが、日中関係と米中関係について、情報隠蔽と情報戦争の実態をテーマに私が解説し、学生たちの情報リテラシーを磨くことを目的とするものである。

深尾先生との事前の打ち合わせでは、情報戦争などはいきなりレベルの高い話をされても大学生たちはなかなか理解できないから、今回はまずわかりやすいところを話してほしいということで、私としてもその部分を心がけて話をした。

ここからは、講義で語った内容を具体的に紹介しよう。

4限目は、まず2015年、つまり安倍政権が安保法案を強行採決した年の秋、そこで行われた日中首脳会談および日中閣僚会談について、安倍政権がこの会談で話された内容に関する情報をいかに隠蔽したか、このことを日中両国の政府公式サイトなどにアクセスして、安倍政権による情報隠蔽の詳細を解説した。

更に、中国国内で改革を推進しようとする李克強首相に対し、江沢民派がこの改革を阻むため、中国のネット上で李克強潰しの情報戦がいかに展開されたかについても解説した。2013年の9月、李克強が大連の夏季ダボス会議の演説で示した改革案は、いまトランプ政権が中国に対して要求している構造改革の内容と重なる部分が多いものだった。この李克強の改革案は共産党の守旧派にとって実に都合の悪いものであり、李克強の封じ込めを画策した彼らは、中国のウェイボー(微博)で情報包囲網と言論封殺を行った。その実態の一部を解説した。

更に米中関係を論じるうえで不可欠な前段階として、トランプが大統領になる以前、中国共産党が歴代米国政府をいかに操縦してきたかの例として、ポールソン元財務長官の回顧録を通して解説した。いったんはホワイトハウスに財務長官就任を断ったポールソンだったが、その彼を翻意させたのは当時の中国人民銀行総裁の周小川だった。周小川は、IMF本部でポールソンを待ち構えていて、盗聴される心配のない部屋で二人きりで話がしたいとポールソンに持ち掛け、そうして盗聴される心配のない特別室に二人で入ると、周小川はポールソンに向かって財務長官就任を受諾するよう懇々と説得したのである。

続く5限目だが、まず日銀黒田総裁の著書の引用などを通して、黒田総裁が財務省時代からアジアでの通貨統合推進に向けて歩んできた内容を簡単に解説した。黒田総裁は、自らが財務官の職にあったとき国際会合で行ったスピーチを『通貨外交』という著書にまとめており、また『通貨の興亡』という著書ではアジア通貨統合に向けてかなり具体的なヴィジョンを語っている。この黒田総裁が目指してきた通貨統合について、IMFなどとの関係も織り交ぜながら解説を行った。

そしていよいよ、今回の講義のメインである現在進行中の米中関係の解説となる。ここでは、私がnoteに掲載した有料レポートを使って郭文貴と楊建利について解説し、更に天安門大虐殺から30周年となった今年6月4日のポンペオ国務長官のツイートのコメント欄に寄せられた中国人ユーザーたちの声とその実情などを細かく見て、更に韓連潮の主導で米国が進めるグレートファイアウォール破壊作戦と今後の見通しについて語った。

最後は、質疑応答である。ここでは、中国からの留学生の女の子二人との間で討論のかたちとなった。私が天安門大虐殺やファーウェイやグレートファイアウォールについて細かく語ったことを受けて、中国人留学生たちから「中国は世界一安全で、自由な国です! なのにどうして中国は人権問題でこんなに国際的な批判を浴びなくてはならないのでしょう? これはおかしいと思います!」ということをはじめ、留学生たちは中国共産党による愛国教育の影響そのままという意見を私に向けてぶつけてきたのだ。

米国に拠点を置く反体制派の中国語メディアによれば、米国の特に西海岸の大学では、中国人留学生たちが愛国精神による共産党への忠誠そのままに、米国人の教授や講師に対して激しく食ってかかる例が少なくなく、かなり問題視されているようだ。私が直面したのもそんな事態だが、私としては特に狼狽えることもなく、むしろ私に食ってかかる若い中国人女性の留学生を相手に、これは面白いことになったなと思い、落ち着いて対応した。

というのも、私はかつて中国人女性と彼女の昔の恋人との間で三角関係のような状況になったことがあるのだが、ある日の夜ベッドに彼女と二人で座り、中国の政治体制をめぐって彼女とかなり激論をした経験がある。彼女は頑として民主化を拒み、中国は共産党の一党支配じゃないとダメなのよ! と凄い形相になってベッドで激しく私を睨みつけた。独裁体制をめぐり意見が対立し、相当な修羅場だった。

それに比べれば、今回の中国人留学生の女性を相手にする場所は大阪大学の教室だし、私は講師という立場で教育の現場にいるのだ。私は、彼女たちに次のように答えた。

「米国政府だって、イラクに大量破壊兵器があると嘘を吐いて戦争して大勢のイラク人と米兵を殺したり、日本も安倍政権が首脳会談について露骨な情報隠蔽をしたりと、民主主義国の政府も酷い嘘を吐くし、情報を隠します。けど、そのことについて大勢の国民が政府を糾弾する抗議デモをしたり、私のような講師が大学の教室で政府の隠蔽を告発したりすることは、集会の自由や言論の自由として認められています。私がこの教室で日本政府の隠蔽を指摘しても、そのことで公安警察が来て私を拘束するようなことはありません。言論の自由は確かなものなのです。しかし、中国ではどうでしょうか? 中国では、残念ながらこれらの権利が認められていないのです。自由に発言できないのです。楊建利や郭文貴たちが最も強調しているのも、このようなことなのです」。

こうして、私の講義は終了した。

以下は、深尾葉子研究室によるこの日の講義の模様の報告である。

https://www.fukaoyoko.com/infomation/%e6%83%85%e5%a0%b1%e3%83%aa%e3%83%86%e3%83%a9%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%81%af%e4%bd%95%e3%81%8b%ef%bd%9e%e7%b1%b3%e4%b8%ad%e9%96%a2%e4%bf%82%e3%82%92%e8%aa%ad%e3%81%bf%e8%a7%a3%e3%81%8f%e6%8a%80/

なお、これらの内容に興味を持った方がいたら、後日IWJの方から私の講義の動画が公開されるはずなので、そちらを視聴していただきたい。

講義終了後、夜になると中華料理店で食事会となり、そこでは劉暁波や劉霞の翻訳などをなさってきた文学者の劉燕子さんが合流され、劉燕子さんと色々お話することができた。深尾先生のご配慮により、私と劉燕子さんは隣同志の席で、チベットや香港などについて語りあい、とても有意義な時間となった。

さて、後日深尾先生から私のもとへメッセージが届いたのだが、そこには驚くようなことが書かれていた。

「あれから中国人学生は自分たちで議論して、自分たちの態度を反省したそうです。来週そのことを議論するよていですが、ものすごく有意義なきっかけを開いてくださったことに心から感謝しています」。

「花井さんに来ていただけて本当によかったです!徹底的に情報にアクセスし、それを関連づけ、読み解く技法。その中から、今のこの世界を動かしている人々やその意図や動きを知る。その圧倒的な探求力と言葉の壁や情報の壁をやすやすと乗り越えて行く。これぞ21世紀を拓く情報リテラシーなんだな!と学生たちは感じ取ったと思います。まだ纏められていませんが、あのあと中国人院生たちは自らをとりまく情報とそれを広い視野で読み解く力について皆で話し合ったようです。日本人学生も洪水のように降りかかる情報に振り回されるのではなく、みずから情報をとって行く、という姿勢を学んでくれていると思います。そしてそのあくなき情報探索のきっかけが、大義名分の国益とかそういうものではなく、自分の人生事だったり、生きるための関心事からのスタートだったというところも、今の学生には示唆的だったのではないかと!もちろん学生に限りませんが!!」。

中国共産党への忠誠心そのままに私に食ってかかったあの中国人留学生たちが、なんと自分たちで議論して、自分たちがとった態度を反省したなんて!

私の知る限り、米国の西海岸などではこういう話は聞いたことがない。米国では、なかには愛国精神と党への忠誠が昂じて過激化する「戦狼」と呼ばれる中国人留学生もいるという。

しかし大阪大学で私の講義を聞いた中国人の留学生たちは、その後自分たちで反省して、態度を改めたというのだ。もちろん、これこそ留学生の交換と教育の成果であり、素晴らしいことだ。柔軟に自分たちの態度を反省した中国人留学生たちは、本当に素晴らしい。

私としても、自分の講義が彼女たちに変化を促すきっかけとなって、とても誇らしく思える。今回の経験から明らかなのは、相手が共産党への忠誠そのままの中国人留学生に対応する際、まず講師自らが柔軟に対応する必要があるということではないか? 

中国人留学生が「中国は世界で一番安全で、自由な国です!」と食ってかかったところへ、仮に講師がそんな中国人留学生の態度を不快に思い、講師が留学生への反論として中国の抑圧的な体制の弊害を延々と説くなら、中国人留学生が聞き耳を持つはずがない。そうではなく、民主主義である米国や日本でも政府は国民に対して平気で嘘を吐くし、情報も隠蔽するという事実を詳細に告発したうえで、それでも民主主義国ではそんな政府を批判するための言論の自由は確保されているのです、それに対して中国はどうでしょうか? と穏やかに語るなら相手の留学生の受け止め方も少しは変わるだろう。

中国人留学生たちの意識変革への道のり、これが非常に険しいものであることは間違いない。更にその後深尾先生から受けた連絡によると、あのとき教室で私に直接食ってかかった女子留学生たちは確かに自らの態度を反省し、広い視野を受け入れ始めている一方で、質疑応答の際私に対して声を上げることのなかった留学生のなかには、私の講義の甲斐もなく、たとえば香港のデモについても中国政府の意向をそのまま反映した内容をSNSで拡散しては、深尾先生の頭を悩ませているという。

中国共産党の愛国教育を受けて育った留学生たちの意識を抜本的に変えるのは並大抵の難しさではない。彼ら留学生たちのスマートフォンには、ウィーチャットを通して中国本土からプロパガンダが毎日届き、それが留学生たちの間で拡散されている。

とはいえ、打開策がまったくないわけではない。

仮に今後、もう一度私が大阪大学で特別講義をする機会があるなら、「看中国」や「希望の声」や「大紀元」といった米国に拠点を置く反体制派の中国語メディアを取り上げて、講義をしてみたい。それも、P2Pの崩壊とか、偽ワクチンの使用とか、退役軍人の年金問題など、中国本土で度々抗議のデモが起きてきた諸問題、更に中国人留学生も興味があるだろう范冰冰のスキャンダルの件も取り上げ、これらの諸問題を共産党高官たちの腐敗と絡めたうえで、反体制派の中国語メディアがこれらの問題について報じてきた内容を授業で詳しく解説してみたい。

これまで日本の大学では、「反体制派の中国語メディア論」は殆ど授業で取り上げてこなかったテーマであるという。そもそも、これら反体制派の中国語メディアを毎日読んでいるという人は、日本の大学の研究者にも殆どいないようだ。しかし、私は毎日欠かさずこれら反体制派の中国語メディアを読んでいる。つまり私は、反体制派の中国語メディアについて精通している日本では稀な人間だ。米国に拠点を置くこれら反体制派の中国語メディアの報道内容を授業で詳細に見ていったら、はたして中国人留学生の反応はどんなものだろう?

歴史を振り返れば、清王朝末期、孫文をはじめ日本を拠点に活動する反体制派たちの雑誌は、苦労しながら中国本土に密輸され、それで少しずつ本土の中国人たちの意識が変わっていった。

もちろん、この21世紀における中国人留学生たちの意識を変えるのは並大抵の難しさではない。ウィーチャットを通して中国本土から留学生たちに届くプロパガンダの威力は、相当なものだ。しかし、少しは意識を変えることができる。なぜなら、既に今回の私の講義の質疑応答で私に食ってかかった女子留学生たちは、その後自分の態度を反省し、意識が変わったからだ。

少しずつでも、様々な方向から多角的に情報に光をあてる。その地道な行いの積み重ねこそ重要ではないだろうか。この意味で、たとえば「グレートファイアウォール論」をデリダ的な観点から徹底的にやるのも面白いはずだ。デリダの脱構築の本領は、ひとまずは理論的に主流派の体系を受け入れたうえで、その主流派の枠組みの脆弱な部分を徹底して詳細に吟味していくことで、主流派の体系の土台を揺さぶり、その内部に裂け目を入れ、主流派が形成する二項対立の体系を座礁に追い込んでいくことにある。

大学の教室の場で、学生たちに様々な質問を投げかけ、学生たちとの対話を通し、グレートファイアウォールと中国共産党の教義に関して論理的に辻褄の合わない部分を丁寧に突き、次第にその矛盾を露呈させ、土台を揺さぶり、裂け目を入れてゆき、そうして留学生たちが信じてきた体系を座礁に追い込んでみせたら?

私はいまでこそ中国をめぐる情報隠蔽と情報戦争を専門にしているが、しかし私は元々はフランス文学科の出身で、デリダの理論には親しんできた。大学の卒論では、デリダの盟友であるジャン・ジュネをやったほどだ。

学問的に中国畑をまったく歩んでこなかった異端の私だ。世界のありようを観察するため実世界を徹底的に放浪したジュネに対し、サイバー空間での放浪による諜偵を繰り返してきた私だからこそ、中国共産党の情報工作に関しても従来の学者たちとはまったく違うアプローチができると思っている。


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