メメント・モリ

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僕が瞑想という物に出会ったのは、約3年前の夏頃だっただろうか。。。
僕はトルコからイギリスに飛び立ったしかし、僕はイギリスの入国審査で引っかかりいろいろ尋問され調べられて、入国後の予定を明確に証明できない理由でトルコに送り返された。

お金も底を尽きかけており、オーストラリアに戻りもう一度働こう考えていた。
しかし確定申告を出したのになかなかそれが通らない…
お金がどんどんなくなっていき不安が募る中、その時トルコからバンコクに飛んでいた僕はタイの北部にお布施で滞在できるお寺の話しを聞いた。

迷う事なく次の日に列車のチケットを手に入れ向かった。

瞑想は日本にいた時に友達に進められて少しやった事があった。当時仕事のストレスや人間関係に悩まされていた僕にとって瞑想は確かにそれらを軽減してくれていた。

でもそこまで夢中になるわけでもなくたまに痛たまれない時にやるぐらいだった。

お寺に滞在中に瞑想をし本を読み少しずつ自分が変わって行くの感じられ、凝り固まった感情の塊が少しずつ紐解かれていって楽になるのがわかった。

その後オーストラリアに戻り働きまた旅に出てを繰り返し、日本を出て3年後に帰国した。

日本に返って来てからも瞑想は続けながらなんとか日本の生活を送っていた。

ただ徐々に日本の生活に慣れていき順応していったが、どこかで停滞感をずっと感じていた。友達と飲みに行って、いろいろな話をして、笑っていても僕は「今ここにあらず」みたいな状態になっていた。

僕の心は感じる事を忘れ、閉ざしていく様に感じられた。何をどうすればいいのかわからずに迷っていた時に思い出したのはあのお寺で過ごした日々の事であった。

次第に前回の旅でやり残した事が蘇って僕の頭の中を駆け巡り始めた。残暑の暑さが残る中、日本を飛び出しタイから中国のチベット文化圏を目指すことにした。


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