とけてまざるマザーグース

シーフードミックスを買いに行ったら売り切れていた。

イカとエビとアサリの入っているやつが好きなのだが、タコの入っているものは、ほとんど見たことがない。前者2つは安価な種類があるがタコは高いイメージがあるから混ぜられないと言うことか。

昔はよくミックスベジタブルを買った。冷凍のコーンや小さく切った人参とグリンピースが入っているやつ。あれもミックスはしてあるが数種類。

混ざり合うものが私は好きなのだろう。文化が混ざり合って日本は成り立っている。だからこそ、単一の宗教でなく、さまざまな教えが当たり前のように併立している。

日本文化というと、侘び寂びや日本家屋やら、古びたイメージのイメージや自社仏閣を思い浮かべるかもしれないが、それにしたって中国から渡来したものを咀嚼し再構築したものであると言えなくはない。

最近では人を外来種に喩えてヘイトを煽る言動がネットに散逸しているが、憎しみだけは国境を超えて世界を巡るとしたら皮肉な話だし、それはインターネットと親和性が高すぎるから危険であろう。

違いがあることを前提に、円と円が縁で重なり合い交流することで新しい何かが始まっていくことが望ましいと私は思うが、旧ユーゴの解体を見ても、現在の中東での憎しみの連鎖を見ても、それは容易なことではない。

ぬるい平和のこの国ですら、さまざまな要因で悲しみや憎しみは湧き上がる。中和するような喜びや明るい話はビジネスにならないからメディアはそれを混ぜようとはしない。

混沌を循環し純化させようとする死の商人よりも、ねるねるねるね的に色を混ぜ合わせる開拓者やら科学者を自分は好ましく思うが、それとてホムンクルスやキマイラという人造の災厄を生んでしまうこともあるからな。

時間や状況、風向きなどがどうあれ、わかりあうために距離を詰めてフィジカルに混ざり合う時間が増えればいい。それを仲介できるぬるさを持つのが日本であればいいとは思う。

と言いながら、人に混ざるのが苦手な人間が書いていても説得力はないのかもしれないが、、、。

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