彼岸の研究|『霊的ボリシェヴィキ』高橋洋

 僕は怖いのが苦手で、この作品は二日に分けて視聴したことは先に断っておく。一日目は夜中に真っ暗な部屋の中で観たのでヤバいと思ってはじめの30分程度で止めてしまった。二日目はそれなりに怖かったが一日目程ではなかった。そして、作品として面白いか面白くないかで言われると首をひねるという評価になってしまうだろう。

 舞台である廃工場は、各所に集音マイクが設置され録音されている。七人の老若男女は、それぞれが他者の死に立ち会った話を携えてここに集められる。話が進む内、廃工場内は超常的な現象が起こるようになる──というストーリーである。言ってしまえば百物語による降霊会であるが、目的としては一人の人間を媒体に「死者の世界」を呼び出すというものであるらしい。
 本作は音による恐怖演出が素晴らしいものだった。廃工場の周囲はまだ住宅街でもあるのか、時折人の気配がある。しかしカメラには七人以外に映らない。家鳴りでさえも不気味に遠くから聞こえてくる。また、時折聞こえてくる「ハハハハハ」という笑い声は、何かしらのサンプリングかフリー素材のようであるが、そのチープさと聞こえるタイミングがまた恐怖を煽る。
 ところで、本作はジャンプスケアが一回だけある。南谷朝子演じる「長尾」の話の終わり。ここで使われたので、僕は観ている間中ずっとジャンプスケアを警戒せざるをえず、まともに画面を見られなかったとも言って良い。また、この「長尾」は常に不要なリアクションを取る。そのおかげで恐怖心が薄れたと言ってもいいが、ホラー好きの人にはあまり好ましいキャラ付けでは無いかもしれない。

 話は飛んで物語の最終盤、主人公である「由紀子」は死者の世界との交信に入る。もともとのボリシェヴィキは唯物論的で実証主義を旨としていたというから、この降霊会の目的は「霊」及び「死者の世界」の実証だったのかもしれない。主催者の口ぶりからはそれとは違う本当の目的があったようだが、明らかではないし、多分作品の本質では無いのだろう。子供の頃に神隠しにあった「由紀子」は、帰ってきた時点で母から「偽物と入れ替えられている」と考えられていたらしい。そのために、由紀子は「本当の由紀子ちゃんを帰してあげて」と懇願する。すると雑に、実に雑に、毛布にくるまれた何かが投げ渡され、死者の世界は消えていく。由紀子が中を覗くと女の子が眠っている。しかし他の参加者が覗いても、それは人形にねじれた木の枝だった。始めから決まっていたことのように雑用係が「この場所は汚れた」と言って参加者すべてを射殺する。最後には毛布から女の子が起き出し、工場を出ていく……。表面だけ見れば「人間が一番怖いね」という話かと思うかもしれない。
 ここに一つの仮説を提示する。最後に出てきた「本物の由紀子」は、他の参加者が見たところ木の枝だった。死者の世界がよこしたのは「本物」ではなく「偽物」だったのではないか。木の枝で作った偽物の由紀子が「再度」発見され物語はループを起こしている、と考えれば、人知を超えた超自然的存在が見えてくるかもしれない。
 まぁ何を言っても物語では説明がされないし、多分当時発行されたパンフレットや監督インタビュー等でも明言はされなかっただろう。

 ところで、「霊的ボリシェヴィキ」という言葉の意味がわからない。不勉強なので武田祟元氏の名前を聞いたことがなかったが、ネットで探しても概略すら出ず、出てくるのはこの作品についてのブログ記事ばかりだった。
 解体すると、「霊的」というのは「霊に関連した」というものだろう。「ボリシェヴィキ」というのはレーニンが率いソヴィエト政権を築いた左翼団体で、日本語に訳すと「多数派」となるらしい。
 言葉の意味を推測するに、生物それぞれが固有の「霊」を持っており、これは肉体が滅びても不滅とする。すると、「霊」が死後に現世に留まるとしても死者の世界に行くとしてもある時点を境に現在いる生者の数より死者の霊の方が多数派となる。そしてそれは現在よりももっと昔にそうなっているだろう、故に「霊的ボリシェヴィキ」である、という程度の理解で合っているだろうか。

 とにかく、全体的によくわからない作品だった。音響演出は怖かったので、そこをもってホラーとしてはよしとしておきたい。

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