最先端の営業組織強化の手法 セールス・イネーブルメント

著:パイロン・マシューズ タマラ・シェンク
監訳:株式会社富士ゼロックス総合教育研究所

本書は営業力強化分野の先駆的企業であるミラーハイマングループの営業組織強化の手法を、豊富なベストプラクティスの事例とともに紹介したものです。
特に昨今、営業プロセスの分業化やパートナー企業との協業など、営業活動に関わる機能の多様化が進んでいる中で顧客視点で全体最適化を図る取り組みとして重要度が増しています。またSFA/CRMやMAなどのITツールの進化によりそれらの機能横断的な情報流通・情報共有が可能となったことも導入の後押しとなっています。


どういった営業に向いているか

セールス・イネーブルメント自体は特定の営業形態を想定したものではなく様々な事業形態での営業活動に適用できるものです。特に、インサイドセールス・カスタマーサクセス部門による分業化を図っている組織においては、それらを統合した改善・強化の取り組みとして高い効果を発揮します。
一方で、営業部門以外の組織を巻き込んでの調整を伴うため、新商品や新サービス立ち上げで営業活動を通して顧客へのアプローチ方法を固める時期などにおいては、まずは営業部門主導で営業としての型(勝ち方)やノウハウを練り上げます。その後に、それらをベースに改めてセールス・イネーブルメントとして全体最適となる設計を進める、という順番を踏むのが妥当です。

以下は本書の要約になります。

1.セールス・イネーブルメントとは?

セールス・イネーブルメントとは、営業パフォーマンスの継続的な向上を目的とした、営業組織の強化・改善の取り組みを指します。
従来の、機能ごとの個別あるいは散文的な取り組みではなく、営業・マーケティング・サポート部門など営業活動に関わる様々な機能に対して顧客視点での一貫した施策を促します。

2.前提となる「顧客視点」での設計

営業改善というと提案内容の改善や営業パーソンのスキルに目が行きがちになりますが、セールス・イネーブルメントでは全ての改善はあくまでも顧客視点を起点に捉えるべきです。特に顧客の状態を
①認識フェーズ:ソリューションや取り組み方について情報収集や検討を行う段階
②購買フェーズ:様々なサプライヤとの交渉・折衝を重ね購買決定を行う段階
③導入フェーズ:実際にサービスを導入し活用している状態
の3つのフェーズに大別し、それぞれに応じた顧客へのアプローチ方法を設計していきます。
従来、②購買フェーズ以外は①認識フェーズはマーケティング部門が、③導入フェーズはカスタマーサポート部門がそれぞれ独立して施策立案・実施を行っていましたが、顧客接点の全体最適化の観点から強化施策の設計を行うことが求められます。
特に①認識フェーズは、自社の意義や価値を認識して貰う点、そして自社のソリューションや商品に利するような評価基準に繋げる点でも営業にとって早期にアプローチすべき重要なフェーズだと捉えています。

3.セールス・イネーブルメントの支援サービス

セールス・イネーブルメントでは「コンテンツ」「トレーニング」「コーチング」からなる支援サービスを提供することで、営業組織の改善・強化を図ります。

3-1.コンテンツ

適切なタイミングで顧客と適切な会話ができるようにするために顧客向けおよび社内向けの資料や参考データを整備します。セールス・イネーブルメントは作成そのものを担当するよりは、必要なコンテンツの棚卸しと優先順位付け、作成のためのデータの収集とその評価など整備にあたっての旗振り役を担います。
顧客向け資料は、前述で大別した顧客フェーズ毎に策定を行います。
顧客向けコンテンツ例

画像2

社内向け資料としては、業務マニュアルに加えて営業トークスクリプトや想定問答集、提案資料などを整備します。これらについても顧客フェーズ毎にどういったアプローチを行うかを考慮して策定します。

3-2.トレーニング

通常の営業支援業務と同様に、セールス・イネーブルメントでもトレーニングは重要な営業組織に対する改善・強化施策の一つになります。トレーニング内容は「知識」「スキル」そして「営業としての方法論」の3つであり、それぞれについて、顧客フェーズに沿って必要なトレーニングプランを設計する必要があります。
トレーニングについてもコンテンツ同様実施そのものではなく、営業組織の現状を評価分析した上で、人材開発部門やマーケティング部門、システム開発部門など営業以外の組織との連携を図りつつトレーニングプラン策定のための旗振り役となります。また、トレーニング実施とそこでの習熟が促進されるように、受講による資格認定や報酬制度設計、ITツール導入によるオンライントレーニング体制の整備などの推進役も果たす必要があります。

3-3.コーチング

営業マネージャーによるコーチング業務は、営業パフォーマンスの底上げをするために非常に重要な業務です。しかしながらその内容は自身が上長が受けたものをそのまま転用する形であったり、あるいは属人的な自身のやり方を画一的に伝えるといった例も少なくありません。そのためセールス・イネーブルメントではコーチング業務についても規定し、サポートしていく必要があります。
コーチングには大きく5つの種類に分かれます。セールス・イネーブルメントとしてはそれぞれの特性を理解した上でサポートを行っていく必要があります。

①リード/案件コーチング
引き合いや商談の初期段階で、顧客が抱える課題が何でどういった提案が考えられるかを営業パーソンに確認することでより効果的な(規模の大きな)商談に発展したり、逆に停滞している案件への打開策を見出したりするための指導を行います。その際、判断の元となる顧客の事業状況や意思決定者、決裁プロセスなどの理解度を確認し正しく意思決定出来るよう促します。
セールス・イネーブルメントとしては、過去の商談実績などから顧客の課題に合わせた提案が出来るようデータベースや提案雛形などを整備することでコーチング業務のサポートを行います。

②ファネル/パイプラインコーチング
営業パーソンが抱える多くの商談に商談規模と進捗に応じたランク付けを行い取捨選択することで、より成約できそうな案件に注力出来るようにリソース管理を行います。
セールス・イネーブルメントとしては、そのような商談毎の進捗と規模によるランク付けを行うための基準作りと可視化出来るような仕組みづくりのサポートを行います。

③スキル/行動コーチング
営業パーソンが顧客と交わす会話の中で、顧客が自身が把握できていなかった問題を認識したりニーズを引き出したりするためには、営業パーソンのスキルや行動が関わってきます。営業マネージャーは顧客訪問時の会話や電話での応答、あるいはロールプレイングでのやり取りなどを通して営業パーソンの商談全体の進め方から質問の仕方やメッセージの伝え方といった対話方法などについて指導を行います。
セールス・イネーブルメントとしては、雛形となる商談の進め方やトーク例をまとめるとともに、顧客訪問時や電話応対時の会話を営業マネージャーがチェック出来るような仕組みや、トップ営業パーソンの対話事例が参照出来るような仕組みを構築することでコーチングのサポートを行います。

④アカウント・コーチング
営業パーソンは自社にとっての大手顧客や戦略的な位置づけにある顧客について、社内関係部門との連携を含めて戦略を立てながら商談を進めていく必要があります。営業マネージャーはそのような個社戦略の立案からそれを元にした営業の進め方を指導していく必要があります。
セールス・イネーブルメントとしては、そのような特定顧客に対する戦略立案に必要となる顧客知識や過去の商談結果などをすぐに参照・活用出来るようデータの整備を行うことでコーチングのサポートを行います。

⑤テリトリー・コーチング
営業マネージャーは、営業パーソンが注力すべき業界や業種を見誤らないように業界・業種のセグメンテーションとそこでのターゲティングの方法とその管理方法を指導していく必要があります。
セールス・イネーブルメントとしては、業界・業種毎に市場規模や売上、シェアなどが確認し適宜セグメンテーションとターゲティングが出来るようなダッシュボードの整備を行うことでコーティングのサポートを行います。

4.セールス・イネーブルメントをうまく進めるために必要な環境

4-1.経営層の合意と専門組織による推進

従来の営業改善活動は、営業部門内での推進であったり、外部のマーケティングや人材開発発案の支援であり、結果として企業内での持続的な改善には繋がらないことが多く見られました。
セールス・イネーブルメントは営業部門以外にも、開発、マーケティング、人材開発など様々な部門との連携による推進が必要となります。社内の各部門が部分最適にならず連携させるためには、企業全体の意思としての戦略・ルールを定義し浸透させていくことが必須となります。
そのためには、経営層が主体となって経営層直轄か事業部直轄での専門組織による推進が望ましい形と言えます。
また推進にあたって生じる様々な問題を解決するために、経営層、営業、開発、マーケティング、人材開発など様々な部門の代表者からなる委員会を設け定期的に運営していくことも検討すべきです。

4-2.テクノロジー活用

「3.セールス・イネーブルメントにおける支援サービス」の中で度々言及してきたように、セールス・イネーブルメントの実施にあたっては様々な商談情報や顧客情報の蓄積・活用を行います。顧客接点がマーケティング部門やサポート部門までの広がりを持つことを考えると、それら他部門を跨って利活用出来なければなりません。そのため、部門統合的なSFA/CRMのようなシステムが必要とされます。
また、トレーニングでの効用や利便性を高めるためにはモバイル端末での利用も視野に入れたe-ラーニングの仕組みなども有効な施策となりえます。
セールス・イネーブルメントではそのようなシステム自体の導入は行いませんが、社内システム部門や関連部門との連携を図りながら、導入・展開を支援する役割を果たす必要があります。

4-3.オペレーションと効果の測定

セールス・イネーブルメントには数多くの社内関係者の関与とシステムを含めた投資が行われます。そのためそれらの投資に対するインパクトを計測することはセールス・イネーブルメントの継続・推進を行うにあたり必要なステップとなります。
営業組織の改善・強化はつまるところ組織の売上向上に寄与するかどうかに帰結されますが、それだけでは数々の取り組みの良し悪しが判断つかないこともあり様々な角度から複数の指標で把握していく必要があります。

・KPI管理による評価
新規顧客獲得数や受注単価、サービスの解約率など売上向上に繋がる様々な営業指標による定量的な評価を行います。その際には、セールス・イネーブルメントの導入から効果が出るまでのタイムラグを考慮しながら評価を行う必要があります。

・提供サービスの活用度合いによる評価
コンテンツの閲覧・利用回数や、トレーニングの受講率といった定量的な結果や、定期的なアンケート実施による定性的な評価を交えてセールス・イネーブルメントの取り組みがどの程度活用されているかを測定していく必要があります。

・成熟度モデルによる評価
トレーニングやコーチングなどの取り組みや専門組織による運営状況やIT化状況などそれぞれの項目についてどの程度整備されているかを定性評価することで取り組みの浸透度を図ることが出来ます。
評価基準としては以下の4段階で行います。
・レベル1:個々に改善の取り組みがなされており、統一された改善・強化の取り組みは存在しない
・レベル2:改善・強化の取り組みがなされている途上である。
・レベル3:改善・強化の取り組みなされている
・レベル4:全ての取り組みが顧客視点で統合されている

5.おわりに

セールス・イネーブルメントは導入することで営業組織に大きな変革をもたらす取り組みです。但し導入したから言ってすぐに効果が出る訳ではなく、またITツールの活用や他部門との連携なくして十分その効果は発揮しません。自社の現状を鑑みた上で導入するのか、また導入するにしてもどの程度の展開させるのか十分に吟味した上で取り組まれるのが良いでしょう。



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